天秤の右腕

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  26  



 セイランの不正の証拠が集まった、とミナから連絡があったのが今朝のこと。
 それを盾にセイランの元に踏み込もうと準備をしていたときだ。
「火事だと?」
 届いた報告にウズミはかすかに目を見開く。
「はい……ユウナ様には連絡が取れましたが、ウナト様と奥方様には未だ連絡が取れず……」
 おそらくは逃げ遅れたのではないか。報告に来たものがそう続ける。
 だが、それは間違っているだろう。
「わかった。ともかく、延焼を食い止めるように」
 それとユウナは確保しておけ、とウズミは続けた。
「承りました」
 言葉とともに彼はすぐに部屋を出て行く。
 その後ろ姿がドアに遮られると同時にウズミは大きなため息をついた。
「切られたな」
 誰に、とは言わない。だが、それで十分に伝わるはずだ。
「失態が続いたと言うことだな。ミナにも一応伝えておこう」
 彼女のことだから、すでに情報を手にしている可能性は高いが……とサハクの当主は告げる。
「まぁ、そうだろうが……だからといって知らせぬ訳にもいくまい。あちらにはあれもいる」
 カガリには正式なルートからの報告の方がいいだろう。その上で戻ってこないように釘を刺しておかなければいけない。
「あちらのことだ。次はユウナを使おうとするはずだからな」
「頭の中身を考えれば神輿にはちょうどよいか」
 適当に自尊心さえくすぐっておけばあちらの思うとおりの行動をとってくれるはずだ。それがオーブの不利益になることでもユウナは気にしないだろう。
「……しっかりとしたものを嫁にするしかないが……」
「カガリはまずい」
「わかっている。彼女を人質に取られるわけにはいかない。かといって、ミナというわけにもいかぬ」
「ミナであればユウナが逃げ出すのでは?」
「その前にギナがあれを殺しかねん」
 困ったことだ、と口にする声音には全く逆の感情が込められている。しかし、ウズミもまたそれをとがめるつもりはない。
「……さて……あれの好みそうな容姿でこちらの意をくんでくれるものと言えば、誰がいたかな」
 ついでに言えば、ユウナが夫でも文句を言わない人間か。そんな天女のような存在はいないと思うが……とウズミはため息をつく。
 だが、ビジネスとしてならばいるのではないか。
 その可能性を探った方が早いだろうな、と心の中だけで付け加えていた。

「ウナトとその奥方が『事故死』したそうだ」
 意味ありげな笑みととものギナがそう口にする。
「……ほぉ……脳天辺りに穴を空けていなかったかな?」
 一瞬目を見開いた後でラウはそう言い返す。
「残念ながら判別不法だったそうよ。本人確認もその歯形でしたらしいからの」
 丸焦げだったらしいとギナは付け加えた。
「キラの前でその話題は出さないでくれるかな?」
 ただでさえ栄養が足りないのに、その光景を連想して肉類が食べられなくなったら大変だ。言外にそう付け加える。
「あの子には関係ないことであろう? カガリは大騒ぎらしいがな」
 その言葉にさもありなん、と思う。
「バカ息子が何か騒いでいるのかな?」
 ラウは反射的にそう聞き返す。
「……あれは今『モテ期』とやらで舞い上がっておるわ」
 その実、アスハと連中との駆け引きが隠されているとは思っていないらしい。
「操り人形としての未来しかないのにねぇ」
 どちらを選んでも、とラウは笑う。
「……あの場かはその上でカガリに粉をかけているそうだ」
「本当にバカだね」
「全くよ。両親が死んだというのに悲しんでもおらぬ」
 どこまでおろかなのか、とギナはため息をつく。
「周囲に必要とされているのは《セイラン》の名を他の誰かに伝えることだと理解できぬとは」
 婚姻を結んだ後、嫁がはらめば、それが誰の種であろうと生まれる前に処分されるだろう。その程度の価値しかあちらには認められていないはずだ。
 こちらにしてもある意味同レベルの評価しかしていない。それでも命だけは長らえることができるだろう。
「どちらにしろ、彼の選択次第だろうね」
 甘言に乗れば後は蟻地獄に落ちるだけだ。それを理解できるかどうか。
 そう考えて、すぐに『無理だろう』と結論を出す。
「まぁ、キラにちょっかいをかけないなら私にはどうでもいいことだが」
 カガリのことは君たちに任せた、とラウは笑った。
「姉上がよいようにするだろう」
 あっさりとギナはミナに押しつける。
「女子には女子にしかわからぬことがあるからな」
 もっとも、ミナを普通の女性の範疇に入れていいのかどうかは悩むが。彼はそう続けた。
「姉上は女性である前に為政者だからな」
 さらに重ねられた言葉に納得をする。
「確かに」
「まぁ、いざというときには適当な養子をとればいいだけのことよ」
 自分たちがそうだったように、とギナは笑った。
「そうだな。お前の子などよさそうだが」
「とりあえず結婚する予定はありませんね」
 矛先を向けられた瞬間、ラウはこう言い返す。
「それよりもあれの方が早いと思いますよ。隠し子の一人や二人、いるのではありませんか?」
 調べてみればいい。この言葉にギナはとうとう吹き出す。
「可能性は否定できぬな」
 冗談が冗談ですんでいるうちに連れ戻すか。その言葉にラウもうなずいて見せた。

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最遊釈厄伝