天秤の右腕

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 ギナが持ってきてくれたオーブの海の写真にキラは無意識のうちに微笑んでいた。
「きれいですね」
 肩越しにのぞき込んでいたレイも感嘆したようにそうつぶやいている。
「地球ではこんな景色も見られるんですね」
「その前にきちんと講習を受けなければいけないけどね」
 宇宙と同じで水の中で呼吸はできない。それ専用の機材を身につけていれば何も問題はないが、とキラは言葉を返す。
「だが、水中であればお前もそれなりに自由に動けよう」
 ギナが微笑みながら口を挟んでくる。
「あぁ、無重力状態でもよいな。この近辺に無重力を体験できる場所はないのか?」
 キラのリハビリと気分転換にはちょうどよいだろう。彼はさらに言葉を重ねた。
「軍の施設以外ですとこのプラントには二カ所ですね。詳しいことは確認します」
 それは自分のような人間でも使えるかどうか、と言うことだろうか。キラは心の中でそうつぶやく。
「使えぬようならばこの屋敷の一角を改造すればよいか」
 さらりとギナがとんでもないセリフを口にした。
「可能なのですか?」
 キラは思わずこう問いかけてしまう。
「宇宙船の居住区に使う予定の技術の応用よ。もっとも、あちらは無重力空間で重力を作り出す装置だがな」
 それを小型化して使えるようにすればリハビリ等で役に立つだろう。ギナはそう言う。
「本土でもな。水には入れぬものもいる。そう言うもの達にはこちらを使わせればよかろう」
 完全に傷が完治していなくても体を動かせるなら後々のことが楽になる。実際、オーブ本土では水中で行うリハビリもあるらしい。 「車いすから離れて動くだけでもストレスが減るであろうしな」
「そうですね。それが一番です」
 ギナの言葉にレイもうなずいている。
「それに今、体の動きを助ける外骨格を開発中よ。完成すれば、お前も車いすに頼らなくてすむぞ」
 いつの間に、とキラは目を丸くした。
「需要があるのですか?」
 とっさに口から出たセリフがこれである。
「もちろんよ。不本意ながら戦時中だからな。お前のように体の自由を失ったものも多い」
 そんなもの達が自力で動けるようになるのであれば安い投資よ、と彼は笑った。
「お前が作ったプログラムもそれに一役買っておる」
「本当ですか?」
「制御系にな。あれがあるから他の部分に専念できると開発陣が言っていたぞ」
 自由に動けることよりもそちらの方がうれしいとキラは思う。
「そうですか」
「お前のプログラムは独特だが、癖を理解できれば十分活用できる」
 むしろ勉強になると言っていたな。ギナにそう言われてキラは苦笑しか浮かんでこない。
「お世辞だとしてもうれしいですね」
 ともかくこう言っておく。
「本当にお前は……もう少し自分に自信を持ってもよいのだぞ?」
 そう言われても、とキラは思う。
「本当にそう思っているんですけど」
「……お前とカガリを足して二で割るとちょうどよいかもしれんな」
 その言葉はどういう意味なのだろうか。意味がわからないまま首をかしげれば、ギナが頭をなでてくれた。

「話題など、なければ作ればよろしいではありませんか」
 あきれたようにラクスがこう言ってくる。
「しかし……ザフトのことを話題に出すわけにはいかないし」
 母の死も伝えるわけにはいかないではないか。そう告げる。
「……あなたの日常はそれですべてですの?」
 深いため息とともにラクスが言い返してきた。
「本を読んだとか映画を見たとか……あるいは、何かを作ったとか、そう言ったことはありませんの?」
 キラが喜びそうなことで、と彼女は続ける。
「幼なじみならご存じでしょう?」
 それを話の糸口にすればいいではないか。さらに重ねられた言葉にアスランは首をかしげる。
 一緒にいた頃、キラはいったい何を喜んでくれただろうか。
「……マイクロユニット……」
 キラはあれが苦手で、何時も手伝ってやっていた。そして、自分が作ったものを見て目を魔が焼かせていたことを今でも覚えている。
「キラはまた狙われる可能性があるし……護衛用のシステムを組み込んだマイクロユニットなら受け取ってもらえるだろうか」
 そんなつぶやきを漏らす。
「それはすてきですわね」
 しっかりと耳に届いていたのだろう。ラクスが微笑みながらそう言ってくる。
「ならば、まずはわたくしに作ってくださいませ」
 そうすれば改良点もわかってくるだろう、と彼女は言う。
「それにわたくしでしたら『婚約者からのご機嫌伺いのプレゼント』ですみます。それをデュランダル様達にお目にかければ、説明の手間が省けるのではありませんか?」
 確かにその可能性は高い。しかし、だ。
「つまり、私がいないところでキラと話すわけですね」
 それはちょっとずるいのではないか。そう思った瞬間、言葉が口からこぼれ落ちていた。
「そのくらいのご褒美はいただかなくては」
 彼の言葉にラクスはこう言い返してくる。確かにそうかもしれないが、それでもどこか面白くない。
「代わりにキラがお好きな食べ物をリサーチしてきますわ。それで妥協をしてください」
 おいしいお店を調べておけば話題にできるだろう。彼女はそう言って首をかしげる。そう言う視点を見つけられるのは彼女が女性だからだろうか。
「一応、御礼は申し上げます」
 相談に乗っていただいてと告げれば、ラクスはさらに笑みを深めた。

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最遊釈厄伝