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 それでもサイは律儀にフレイの希望をフラガ達へと伝える。
「……さて、どうしたもんかな……」
 話を聞き終わったフラガが問いかけるようにクルーゼへと視線を向けた。その蒼い瞳の奧に何やらおもしろがるような光を見つけたのはその視線を向けられた本人だけだろう。
「お前が付いていけば良かろう。キラ君がそれなりに動けることが前提条件だが」
 キラがある程度動けるのであれば、フラガが自由に行動できる。そうすれば、軍人である彼にとって少女を傷つけずに取り押さえることなんて朝飯前だろう。
「あとは、サイ君だったね。君ともう一人誰かが付いていけばキラ君の身を守ることも可能だろう」
 いざとなれば、通路にアスランか誰かを待機させておけばいい……とクルーゼは付け加える。
「つまり、お前も会わせることには賛成なんだな?」
「あぁ。状況がわかれば、対処の仕方も検討できるからな」
 少しでも情報が欲しい……というクルーゼの言葉はフラガにしても納得できるものだ。
 問題があるとすれば、それはただ一つ。
「お嬢ちゃんの説得は任せた!」
 フラガが早々にそれをクルーゼへと押しつける。
「……ムウ?」
「女相手ならいくらでも引き受けるが……お嬢ちゃんは男前だからなぁ。お前の方が得意だろう」
 これから食事時間だろうしぃ……とフラガはまるでちゃしゃ猫のように笑う。
「……一番厄介なことを押しつけてくれたな」
 ため息とともにクルーゼは言葉を吐き出す。
 キラが怪我をしてからと言うもの、カガリは子猫を産んだばかりの母猫状態なのだ。またフレイにキラを面会させろと言う要求をどれだけのんでくれるだろう。
 噛みつかれるだけならいいが……とクルーゼは気が重くなる。
 同時に、タイミング良くその役目を押しつけてくれたフラガを後でどうしてやろうかとも。
 この場合、しっかりと収支返しをしてやらなければ自分の気が済まないだろうとクルーゼは心の中で呟く。
「仕方がない。状況が状況だ。引き受けないわけにはいかないだろうが、全部お前の差し金だと言っておくからな」
 そして立ち上がりざまにこう口にする。
「お、おい!」
「では、食事に行ってくる。その後、少し休むから……後は頼むぞ」
 慌てて声をかけてくるフラガの態度に少しだけ溜飲を下げながら、クルーゼはその場を後にした。
「……何を考えているんだ、あいつは!」
 予想通りというかなんというか。カガリはクルーゼからフレイの希望を聞かされた瞬間、怒りを露わにする。
「カガリ嬢……」
「わかっている! この船を守るためには必要だと言うことは。だけど、それと感情は別物なんです」
 カガリが吐き出すように言葉を口にし始めた。
「あいつはキラを傷つけた。それだけで私にとっては敵と言っていいんだ。キラは自分の存在で苦しんでいるのに……月でアスランと知り合ってからまだましになったが、いつだって自分の存在を否定したがっていたんだ。そんなキラにあんなセリフを言いやがって……」
 また、キラが自己嫌悪を感じているんだぞ……とカガリが付け加える。
「……そちらに関しては……我々も手を貸そう。キラ君の存在はいろいろな意味で我々にとって必要だし、私個人としても彼は気に入っているからね」
 出来る限りのことはしよう……とクルーゼはカガリに微笑んだ。
「ただ、今はどうしても彼女にあって貰わなければいけない。何が起きようとしているのか、我々は知らなければならないのだよ」
 この船を守るために……とクルーゼはカガリをまっすぐに見つめる。
「……わかっている。わかっているが……」
 どうしても納得できないんだ、とカガリは吐き出す。
「キラがまた危険な目に遭うかと思うと……私は……キラは自分で自分を守ろうとしないから」
 そうしてくれるのなら、別に心配はしないのだが……と言うカガリの意見はもっともなものだろう。
「その代わり、ムウを一緒に行かせる。他にも、サイ君達も一緒に立ち会ってくれると言っているし……君が望むなら君も立ち会えばいい」
 それだけの人数の前で彼女が何かできるだろうか……とクルーゼは口にする。何なら、事前にボディチェックを行えばいいとも。例えカガリが何を言おうとも、自分たちは今何が起ころうとしているのか知らなければならないのだから、と心の中で付け加えた。
「……キラは、なんだって?」
 ため息とともにカガリがこう問いかけてくる。
「まだ彼には言っていないよ。先に君に話しておこうと思っていたからね」
 その裏に含ませた言葉の意味を、カガリは的確に受け止めたらしい。小さく苦笑を滲ませた。
「ご配慮に感謝しよう。でないと、キラの前で大騒ぎをするところだった」
 そんなことになったら、キラがまた自己嫌悪に陥る……と言うカガリの口調からは先ほどまでの動揺は感じられない。この切り替えは、感情を押し殺すことになれている人間ならではのものだろう。たとえば、一国の指導者のような……
「いや。かまわないよ。では、納得してくれたところでキラ君の所に行こう……今、彼は一人なのかな?」
 この場にはカガリしかいない。数日前――キラが怪我をする前までは、ここにはフレイを除いた女の子が三人そろっていたはずだった。
「……ミリアリアは、あいつの所に行っている。さすがに入浴の監視までは男に任せるわけには行かないからな。ラクスはキラの所だ。傷の様子を見て来ると言っていた」
 出ないと、すぐに無理をするから……と言葉にかすかに苦いものを滲ませる。
「それは……確かに目が離せないな」
 責任感が強いのは美徳だが、ここまでだとかなり問題があるだろう。しかし、それがキラの今までの人生の中で培われたものだというのであれば、それは原因を作ったものに責任があるのではないだろうか。
「そろそろ無理をしなければ動いてもかまわないそうなんだが……キラの性格では無理だしな」
 絶対無理をして傷口が開くに決まっている、とカガリは力説をする。
「……まぁ、最悪の場合無理をして貰わなければならないのだろうがな……」
 これの言葉にカガリが小さく頷くのが見えた。





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