Runners
21
おそらく監視のつもりなのだろうか。
それとも、暇つぶしに付き合おうというのか。
キラがいる部屋には休憩を取っているはずのメンバーがほとんどそろっていた。
「……君たちは睡眠を取るようにと言われていたのではなかったかな?」
その中の数人に向けて、クルーゼがこう声をかけた。
「すみません」
「……その……ちょっとキラに報告を……」
ニコルとカズイが慌てて彼に言葉を返す。フレイほどではないがコーディネーターに拒否反応を示していた彼も、ニコルの人当たりの柔らかさに次第に心を開きかけているらしい。それはいい傾向だ、とキラは思っていた。
「僕が……みんなにお願いしていたので……」
キラが申し訳なさそうに言葉を口にする。
「それはかまわないのだがね。どうやら、それ以外の話でも盛り上がっていたようだな、と思っただけだよ」
まぁ、寝不足で失敗をしなければかまわない話だ……とクルーゼが笑う。その瞬間、さりげなく視線をそらしたものが数名いた。と言うことは何かをやらかしたのだろうか、とキラは小首をかしげる。
「ラクス嬢。キラ君の怪我の様子をお聞かせ願えるかな?」
あえてそれから話題をそらすようにクルーゼはラクスへと視線を向けた。
と言うことは何かやったんだな、とキラは判断をする。それでもシステムに異常が出ている様子はないので、本当に些細なことだったのだろうと考えることにした。
「キラ様の、ですか? とりあえず傷の表面はふさがりましたが……内部組織まではまだですわ。ちょっとでも無理な行動をなさるとかなり痛みが走ると思います」
それがどうかなさいまして? とラクスはいつものおっとりとした口調でクルーゼに聞き返してきた。
「……フレイ嬢がキラ君に会いたい……と言っているそうなのだよ。もちろん、一対一ではなく付き添いをつけてかまわないと言う条件でなのだがね」
ナチュラルだけ、と言う話だが、と付け加えるクルーゼのセリフに、キラは小さくため息をつく。それでも、フレイにしてみればかなり譲歩した方なのだろうか……とも思う。
「……みんなを信じていないわけではないが……どこか不安が残りますね」
アスランが口を開く。
「部屋の中へ入るのはナチュラルだけでも、通路にいる分にはかまわないのではないかね?」
すぐに駆けつけられるように待機していればいいだろう……と言うクルーゼの言葉がアスラン達を納得させたようだ。ディアッカやニコルと顔を見合わせると頷きあっている。
「カガリはそれでかまわないんだよな」
アスランが最後の確認をするかのように彼女に問いかけた。
「それ以外に何をしたのか知る方法がないのならな。私が側にいるという条件で飲むことにした」
それが役目だからな……と吐き出すように口にする
「カガリ……」
よくも彼女がそこまで決意したものだ、とキラは感心したようにカガリの名を呼んだ。
「……大丈夫だって。もう誰にもお前を傷つけさせない」
それだけは譲れないというカガリにキラは苦笑を向ける。
「僕、男なんだけど」
守られるのは心外だ……とキラは口にした。
「いいだろう。お前よりわたしの方が強いんだから、今は」
「そうかもしれないけどさ」
言葉とともに唇をとがらせるキラに、周囲から笑いがこぼれ落ちる。
「どうやら、彼女に会ってくれるようだね」
クルーゼがほっとしたような表情を作った。
「カガリじゃありませんが……それが僕たちの役目ですから」
キラがきっぱりとした口調で言い返す。
「でも、キラ様……ご無理をなさってはいけませんわよ」
口を挟んできたラクスに、キラは微笑みを向ける。だが、その瞳には決意の色が現れていた。
キラとフラガ、それにカガリとサイの姿を認めて、フレイが笑った。
「フレイ?」
その表情を見て、サイが思い切り眉を寄せる。
「キラ以外はナチュラルだけ……というのがフレイの出した条件じゃないか」
サイが言葉をかければ、フレイはさらに笑みを深めた。
「まさか、本当に信用してくれるとは思わなかっただけよ。一度は殺そうとした人間を」
このセリフにフラガ達はますます不審そうな表情を作る。
ただ一人キラだけはそんな彼女をまっすぐに見つめた。
「そんな風に、自分を悪く言わない方がいいと思うけど?」
君はそう言う人じゃないから……と付け加えれば、フレイは驚いたように目を丸くする。だが、すぐにその口元に笑みを取り戻す。
「そう見えるって? 貴方も本当にお人好しだわ」
それとも、それも貴方の特殊能力なのかしら……と付け加える言葉にはしっかりと棘が含まれている。しかし、その棘は以前より痛くないようにキラには思えた。
「……なら、君はもっとお人好しじゃないのかな? 少なくとも、僕が知っているブルーコスモスの人間は、決して僕のことを気遣ったりしないよ」
同じ空気を吸っているのもいやだ、と言う感情を彼らは隠さないのだ……とキラは続ける。
「そこまで、非道じゃないわよ、私は」
「だから、そう言うところがお人好しだって言っているんだけど」
本当にコーディネーターが気に入らないなら、視線も合わせないよ、と言うキラに、フレイは仕方がないというようにため息をついた。
「本当、変わっているわ、貴方。ナチュラルに対する侮蔑をまったく感じさせないコーディネーターなんて。しかも、二度もナチュラルに殺されかけたって言うのにね」
あきれているのか、それとも感心しているのか。
今ひとつ判断が付きかねる口調でフレイは言葉をつづる。
「そう言うお人好しが一人ぐらいいないとこれから困るわよね」
小さな声で呟くと、彼女はまっすぐにキラ達を見つめた。
「連絡は、向こうから一方的に通信が入っていたの。第三デッキの端末よ。そこだけ事前にシステムを改変していたって言ってたわ。あいつらは、今この船に乗っているコーディネーターを捕まえて、洗脳するんだって。そうすれば、プラントは思い通りだからだそうよ」
いつ、どんな方法をとるかまでは知らないわ、とフレイが口にする。
「キラ?」
キラの体を支えていたカガリが小さな声で問いかけてきた。
「嘘は言っていないよ、彼女は」
それにキラは吐息だけで答える。
「ありがとう……と言うべきなんだろうな。それがお前さんの贖罪だったとしても」
フラガがそんな二人の会話がフレイの耳に届かないようにと口を開いた。
「別に、貴方のためじゃないもの」
つんと視線をそらせながら、フレイは言う。
「そこのお人好しにあきれたから教えてあげるだけ」
だが、彼女がそれだけでも教えた……という事実が計画を企てた相手にばれればまずいのではないだろうか。最悪の場合、彼女の身も危ないとキラは思う。
「……フラガ少佐……」
「坊主にはそっちを大至急確認して貰うとして……お嬢ちゃんには……付き添いがあれば食堂に行くことぐらいは認めてやろう。ただし、また誰かを傷つけるようなことがあれば無条件で独房に行って貰うがな」
そんなモノ、この船にはない……という事実をキラもカガリもあえて口には出さない。
「いいわよ、別に」
あくまでも強がるフレイに、もう感心するしかないと思ってしまったのはキラだけではないだろう。
「さっさと行きなさいよ! 時間、ないわよ」
こういうフレイにキラはふわっと優しい笑みを向ける。
「ありがとう」
そして、カガリにうながされるままに部屋を後にした。
ドアをくぐる瞬間、振り向けば、サイがフレイを抱きしめている。その光景に、キラはフレイは精神のバランスを崩すことはないだろうと思った。