仮面

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  14  


 戻ってきたときのアスランは、いつもと代わりがないように思えた。だが、どこか微妙に違和感を感じてしまう。その想いに、キラはかすかに眉をひそめている。
「キラ、どうかしたのか?」
 そんなキラの表情に気がついたのだろう。アスランが微笑みながら問いかけてくる。
「何でもない」
 彼が自分に言えないことというのは、おそらく戦いのことなのだろう。
 ここに連れてこられてからと言うもの、自分が『戦争』の話題から切り離されていることには気づいていた。それが誰の配慮に寄るものかはわからないが、キラにとってありがたかったのは事実だ。しかし、そのために幼なじみの親友に辛い思いをさせていたのではないか、とキラは今更ながら気がついてしまった。
「ただ……ちょっと寂しくなっただけ……」
 それをアスランに伝えるわけにはいかないだろう。キラはそう判断をしてこんなセリフを口にした。
「何で?」
 その言葉に、アスランは心底不思議そうだという表情を作る。
「僕がここにいるだろう?」
「……わかっているんだけど……時々、知らない人みたいだから……」
 アスランの表情のせいだろうか。キラは珍しく素直に自分の気持ちを言葉にする。
「そう言うキラだって、時々僕が見たことがない表情をしているよ?」
 言葉と共に、アスランの手がキラの頬に伸びてきた。ほんのわずかだけ体温が低い彼の掌の感触に、キラは静かに目を閉じる。
「昔は、そんなこと、なかったのに……と思ったら」
「寂しくなったんだ」
 キラの言葉をアスランが受け取った。その言葉に、キラは小さく頷いてみせる。
「……そうだね……あのころみたいにキラにとって僕が特別な存在ならよかったのに、とは思うよ」
 そうしたら、キラがこんなに悩む必要はなかったのにね、とアスランは苦笑を浮かべた。
 別れていた三年間が、二人の間に未だに溝を作っている。それがお互いに寂しさを感じさせる原因になっているのか、とキラは小さくため息をついた。
 だが、そうしなければならなかったと言うこともまた事実だ。
 あのころのように側に彼の存在を感じられなくなってしまったせいでできた穴を他の何かで埋めてこなければ、自分は生活してこられなかっただろうから。そうして作った友人達がキラの中でまだ大きな場所を閉めていることも否定できない。
 彼らが今どうしているのか。
 もしかしたら、既にザフトによってアークエンジェルごと沈められているのではないか。
 そう考えた瞬間、キラの体が小さく震え始める。
「寒いのか?」
 触れた掌からそれを感じたのだろう。アスランが問いかけてくる。
「……何でもない……」
 口ではそう言いながらも、キラはアスランの方へとすり寄っていく。
「本当に?」
 その体を抱きしめてやりながらアスランが聞き返す。同時に、彼の唇がキラの髪に触れてきた。
「くすぐったいよ、アスラン」
 その感触に、キラが逃れようとするかのように身をよじる。キラのその仕草が、アスランの中にある感情を呼び起こした。
「キラ……」
 腕の中の体を抱え直しながら、アスランが囁く。
「何?」
 いったいどうしたのだろうか、と言うようにキラは言葉を返す。
「もっと側に行っていい?」
「……もっとって……これ以上、無理だよ?」
 今だって、お互いのぬくもりを布越しに感じているのに、とキラは付け加える。
「じゃなくて、キラの心に」
「アスラン?」
 アスランの言葉の意味がわからずに、キラは彼の顔を見つめた。そんなキラに、アスランは微笑みを向ける。
「そうしたら、君が僕を選んでも、誰からも非難されないよ?」
 ね、と言われても、キラには何を言われているのかまだわからない。
「……僕が、アスランだけを選んでも?」
 だが、この言葉はキラにとって福音だったらしい。かすかな期待を込めて聞き返す。
「きっとね。どうする?」
 選択するのはキラだよ、と言われて、キラはふっと視線を落としてしまった。
 アスランの言葉通り、彼だけを選んでもいい状況が与えられるのならば、それを手に入れたいと思う。だが、本当にそれでいいのかと悩んでいることも本当だ。
「大好きだよ、キラ」
 そんなキラの悩みを感じ取ったかのように、アスランがこう囁いてくる。その心地よさに、キラは促されるように小さく頷いた。
 次の瞬間、アスランの唇がキラのそれを塞ぐ。
 そのまま、二人の体はシーツの上へと倒れ込んだ。

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最遊釈厄伝