仮面

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  15  


「……ア、スラン……?」
 いったいどれだけの時間、自分は意識を失っていたのだろう。
 そんなことを考えながら、キラは側にいてくれるはずの人の名前を口にした。しかし、答えは返ってこない。
「アスラン?」
 いったいどうしたのだろうか……と思いつつ、キラは体を起こそうとする。だが、その瞬間感じた痛みに、彼の動きが止まった。
「……あっ……」
 その理由が考えるまでもなくわかってしまう。それだけならまだしも、その最中のことまで思い出してしまって、キラは耳まで赤くなってしまった。そんな彼の様子を見る者がいないことだけは幸いだったかもしれない。
 しかし、それも次の瞬間には消えてしまう。
「ひょっとして……出撃した?」
 自分が気を失っている間に……と、キラは考える。そして、それが正解だろうと心の奥で囁く声があった。
 だが、今、彼が出撃するような相手とはいったい……と口に出さずに呟くと同時に、キラの脳裏にいやな予感が走る。
「アークエンジェル」
 ストライクとゼロを失ったとは言え、あの艦が現在連邦軍の中で最高の戦力であることは事実だ。それを沈めるためにアスラン達が操るガンダムが出撃したとしてもおかしくはない。というより、彼ら以外にアークエンジェルを沈めることができるものなどいないのではないだろうか。
 だが、キラは心のどこかでアスランがそんなことをすることはないと信じていた。自分がまだあの艦に乗っている友人達を心配していることを知っているから。
 しかし、いくら彼でも上からの命令には逆らえないだろう。
「……そんな……」
 キラは考えたくない状況に行き着いてしまった。同時に、体が恐怖のために震え出す。
「みんな……」
 体の痛みすら忘れてしまったというように、キラはベッドから滑り降りる。そして、そのままドアへと駆け寄った。しかし、そこはいつものようにきつくロックされている。端末かコンピューターでもあれば、そのくらいキラには何でもない。だが、ザフトとしてもそれを予想しているのだろう。室内にそれらの代わりができるような物は置かれていない。
「……開けて! 開けてください!」
 無駄とは知りつつも、キラはドアを叩いて声を上げる。
 何かをしていないと自分はおかしくなってしまうかもしれない。
 そんな想いがキラの中で渦巻いている。
 だが、それ以上に、友人達の安否を確認したいという想いの方が強かったことは言うまでもないであろう。
「お願いだから、開けて!」
 堅い金属製の扉を叩き続けていたせいだろうか。キラの拳にはうっすらと血がにじみ始める。だが、キラはそれすら気にしていない。
「開けてくださいってば!」
 キラが何度目になるかわからない叫びと共に拳を振り下ろしたときだった。堅い金属にぶつかるはずのそれが、誰かの拳に包まれる。
「何してんだよ、坊主」
 怪我をして楽しいか? とかけられた声は、聞き慣れたものだった。
「……フラガ大尉……」
 呆然と視線を向けるとキラは彼の名を呼ぶ。
「もう『大尉』じゃないがな」
 苦笑を浮かべると、まだ呆然としているキラの体を抱えるようにして部屋の中へと押し戻す。
「で? 何を騒いでいたんだ?」
 キラをベッドの上に座らせると、フラガはさっさといすを引き寄せる。そして、キラが知っているとおりの仕草で腰を下ろした。これで彼が身につけているのが連邦軍の軍服であれば、ここがアークエンジェルの中なのではないか、とキラが思ってしまったほどである。
 しかし、今の彼にどう話せばいいのか、キラにはまだわからない。
 彼がアークエンジェルについてどう思っているかも判断が付かないのだ。いや、キラ自身に対する認識も想像が付かない。その事実がキラを警戒させる。
「……アスラン達の出撃先か?」
 先ほどまでとはうってかわって黙ってしまったキラに、フラガが言葉を投げかけてきた。その内容に、キラは反射的に彼の顔を見つめてしまう。
「図星……というわけね。利用されてたって言うのに、本当、優しいこったな」
 まぁ、その気持ちもわからなくはないが……とフラガは笑ってみせる。
「坊主の考えているとおりだ、と言ったらどうする?」
 その表情のまま付け加えられた言葉にキラは再び立ち上がろうとした。しかし、それよりもフラガの方が早い。キラの方に手を置くと、強引に座らせる。
「うかつなことをすると、アスランが困ったことになるぞ」
 この言葉に、キラは別の意味で体を震わせた。
「……僕が、アスランの……」
 足かせになっているのか……と言う言葉は声にならない。
「いや……坊主、お前、起きてから鏡見てないだろう」
 おかしいというように目を細めながらフラガはこう言った。その言葉の意味がわからずに、キラは小首をかしげる。
「付いてるぞ、キスマーク」
 そんなキラに向かって、さらに笑いを深めるとフラガは自分の首を指さし手見せた。ようやく意味がわかったキラが羞恥に赤く染まる。
「行為自体に関しては別段いいんだよな。坊主の身柄はあいつに預けたんだし……ただ、さすがに目の毒だからな」
 男所帯だし、くらくらっと来る奴もいるだろうしぃ……と妙に間延びした声で付け加えられて、キラは毛布を握りしめた。相手がフラガだから……というわけではないのだろうが、はっきり言ってめちゃくちゃ恥ずかしい。そのせいだろうか。フラガが変わっていないように感じられたのは……
「ついでに言えば、アスラン達が命じられたのはアークエンジェルの捕獲だ。撃沈じゃない。坊主が心配するような可能性は少ないはずだ。だから、おとなしく待っていてやるんだな」
 飯は持ってきてやる……と付け加えるとフラガは腰を上げる。どうやらわざわざキラの様子を見るために抜けてきたらしい。
「……大尉……」
 お礼を言うべきなのかどうかと悩みつつ、キラは彼に声をかける。
「だから大尉じゃないって言っただろう……と言っても、急には無理か」
 しかたがないな、と、苦笑を浮かべると、フラガはキラの髪を指でかき回す。そして、そのまま部屋の外へと出て行った。
「アスランもみんなも……無事でいてくれればいいんだけど……」
 再びドアにロックがかけられる音を耳にしながら、キラは小さく呟く。そして、祈るように目を閉じた。

 廊下を歩くフラガの機嫌は、傍目から見てもいいものだったと言っていい。
「……ずいぶんとまた楽しそうだな」
 そのままブリッジへと姿を現した彼を見て、クルーゼがあきれたように声をかけた。
「彼は?」
「ん〜? やっぱ、感づかれたようだったぜ。勘はいい方だからな、坊主。まぁ、納得させてきたから大丈夫だろう」
 その言葉に、クルーゼはかすかに頷いてみせる。
「それに、暗示の方の影響は完全になくなったようだな。怪我の功名なのかもしれないが……後は、作戦が成功すれば、予定通り……と言うところだろうよ」
 キラを完全にザフトに取り込めるかどうかは未定だが、ストライクのOSのロックは外させることができるだろう。
 その後は、キラを乗せるか、どうかは別として、さっき様子では、OSの整備ぐらいであれば協力をさせられる可能性は強いし……とフラガは考えた。
 コーディネーターの中でも、あれだけの能力を持った人間はまずいないと言っていい。その才能をみすみす手放す事はこのくだらない戦争を早々に終わらせるという点に置いてもマイナスだろうとも思う。
「そうか」
 そんなフラガの内心を読みとったのだろうか。クルーゼは口元に笑みを浮かべた。
「では、子供達の健闘を期待しよう」
 彼らのことだから、心配はいらないだろうが……と笑みを消さないままクルーゼは告げる。
「そうだねぇ……そうしてもらえれば、俺の良心も少しは救われるかな」
 フラガの言葉がどこまで本心からのものか、判断できるものはその場にはいなかった。

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最遊釈厄伝