狭間

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  06  

 キラの希望にクルーゼはあっさりと許可を出す。
「……ずいぶんとまた……」
 信頼されているんだな……と言おうとしてアスランは言葉を飲み込む。
「何?」
 それをしっかりと聞きつけたらしいキラが、アスランの顔を覗き込んできた。
「あっさりと許可が出たなって思っただけだよ。僕らの時はもう少しあれこれ言われたからね」
 Gを奪取してからOSを書き換えた時のことを思い出しながらアスランは呟く。
「そうなんだ……たぶん、それって、アスラン達のお父さんが問題なのかも」
 僕の場合、何があっても困る人はいないから……と笑って付け加えるキラに、アスランは思わず怒りをかき立てられる。
「キラ! 冗談でもそういうことは言わないでくれないか?」
 君が死んだら、僕が悲しむだろう、とアスランは付け加えた。その瞬間、キラがまずいという表情を作る。
「ごめん……これでもかなりよくなったんだけど……」
 そして、そのまま瞳を伏せるとキラは呟くように告白をした。
「しばらく、カウンセリングを受けてたんだよね。あの後」
 両親の後を追って死ぬことばかりを考えていたのだ、と言うキラに、アスランの方が罪悪感を覚えてしまう。
「ごめん、無責任なことを言って」
 自分が彼の立場だったらやはり同じようになってしまうのではないだろうか。確かに、自分も母をあの事件で亡くしている。だが、実際にそのシーンを目の当たりにしたわけではないのだ。キラの心の中に刻まれた傷の深さを理解することはできない。
 同時に、キラの両親を殺したのはナチュラルではなくコーディネーターだったのかとも思う。でなければ、キラがそこまで自分を追いつめることなどなかったのではないだろうか。
 そんなことを考えているアスランに、キラは視線を向ける。
「気にしなくていいよ。本当に無意識のセリフだし……言われて自覚しないと治らないから」
 その代わりに、『むしろ、怒ってもらえて嬉しい』と告げるキラの肩をアスランは引き寄せた。
「ごめん」
   そして、そのまま彼の耳に口を近づけて、小さな声でこう囁く。
「いいよ。それに、はっきり言われた方がありがたいしね。無意識の時が多いから……プラントに来る前もよく怒られてたし」
 アスランの耳に、キラの何かを懐かしむような声が届く。彼が思い浮かべているのがいったい誰なのか、気にならないわけではない。しかし、先ほどの告白を聞いてしまってはそれを問いかけるのもはばかられてしまった。
「僕もイージスで出るからね」
 そうすれば、外部からのチェックもできるだろう、とアスランは言った。
「うん。ありがとう」
 ふわっと微笑むとキラはアスランの顔を覗き込んでくる。
「やっぱり、アスランは変わってないね」
 キラのその表情はアスランの記憶の中のものによく似ていた。だが、彼の内心はそうではないらしい。それでも変わらずに微笑んでいられるキラは強い、とアスランは思う。
「そうでもないと思うよ。ただ、相手がキラだからかも無意識のうちにというのはあるかもしれない」
「……だめだよ、アスラン。あのころみたいにえり好みしちゃ。いざというときに困る」
 幼年学校の時のように、お互いがお互いのフォローをするだけでは戦場を生き抜けないのではないか、とキラは言外に付け加えてきた。
「実力を示せば、俺が何をしても文句を言う者はいない」
 だからキラが気にすることじゃないとアスランは付け加える。
「……本当に、変わってないね……」
 それにキラはため息で答えた。

「……さすが……と言うところなのだろうか」
 キラ達を送り出した後、クルーゼが小さく呟く。
 もちろん、それはキラの実力を疑っていたからではない。少なくとも、ザフトの中で彼以上にキラを評価している者はいないだろう。だが、キラがストライクを起動させたのは彼が予想していたものよりも早かったこともまた事実だ。
「これなら間に合うか」
 満足そうにクルーゼは口元に笑みを刻む。
「まぁ、そうでなければあの子を呼び寄せた意味はないのだがな」
 キラを戦場へと引き出すには、さすがのクルーゼでも苦労をしないわけにはいかなかった。開発局が彼を手放すをの拒んだせいでもある。だが、ストライクを起動させられる者が他にいないだろうというセリフと、別口から手を回したことでようやく彼を手元に呼び寄せることができた。
「大切なものは、すべて手元に置いておく。守りたければ、余計にな」
 例え、本人が嫌がったとしても……とクルーゼは付け加える。
 もちろん、それはキラのことではない。
 キラが自分を慕ってくれていることをクルーゼはよく知っていた。だから、自信はないと言いつつも素直に戦場である自分の元へ赴くことに同意をしたのだろう。
 そんなキラの態度はクルーゼを満足させると同時に愛しさを募らせている。
 だが、問題なのはもう一人の方。
 今クルーゼの脳裏の中に描かれていたのは、キラを自分に預けた相手のことだった。それが相手の立場上、かなりの綱渡りだったことも承知している。それでも自分を頼らなければならないほどキラが大切だったと言うことだった。
 その理由も、キラを側に置いてみればよくわかったが……
「お前が悪いのだよ。掌中の玉を、私などに預けるから」
 自分を頼るほど大切だったのなら、もっと他の方法をとればよかっただろうといいながら、クルーゼは写真を取り上げた。そこには幼い頃の自分たちの姿が映し出されている。
 その表面に愛しげに指で撫でながら、クルーゼはさらに笑みを深めた。
「だから、あの子と共にお前を迎えに行くことにさせて貰おう」
 そのために必要な権力も実力も手に入れた。後必要なのはチャンスだけ。しかし、それは待つものではなく作り出すものだと言うことをクルーゼ自身よく知っている。
「そのために、早くそれを使い物にしてくれ、キラ」
 お前ならできるから。そして、そのためなら何でもしてやろう……と呟かれた言葉はとても愛しげだった。

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最遊釈厄伝