狭間

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  07  


「アイツ、マジで動かしやがった……」
 展望室から遠ざかっていくストライクを見送りつつディアッカが呟く。
「隊長、あんな奴、どこで見つけてきたんだ?」
 それはイザークにしても同じ思いだった。
 キラの話から推測するに、プラントに来たのは『血のバレンタイン』直前ぐらいなのだろう。それからザフトに入隊したとして、いったいどこでクルーゼの目に留まったのか。
「あれだけの才能があれば、遅かれ早かれ引き抜かれてきたのだろうがな」
 だが、シグーのOSを開発したのであれば、プラントに来てすぐに手をつけたのではないだろうか。
「……それなんですけどね……」
 今まで端末に向かっていたらしいニコルが、複雑な口調で言葉を口にしてきた。
「どうかしたのか?」
 年齢のせいか。確かに、自分たちに対しては一歩退いたところがあるニコルではある。だが、こんな風に話すことは珍しいと言っていい。それの興味を惹かれたイザークは彼の側へと体を近づけていった。
「これが彼の――キラ・ヤマトのプロフィールなのですが……」
「って、お前、ハッキングでもしたわけ?」
 そのセリフに、ディアッカが驚きの声を上げる。
「……というわけではありませんよ。いくら僕でもそんな怖いことできません」
 単にIDを検索したらあっさりと出てきたのだとニコルは付け加えた。つまり、彼の情報についてはあえて隠されていなかったと言うことなのだろう。
「どうやら、見られてもかまわないと思っているようですね」
 そう言いながら、ニコルはモニターを指さす。
「……隊長が後見人なのか……」
 つまり、キラが言っていた保護者の知り合いというのがクルーゼだったと言うことだ。
「それなら、隊長がアイツの才能を知っていたとしても不思議ではないか……」
「あるいは、彼の才能があったから、引き取った……という可能性もありますよね」
 そして、クルーゼのあの微妙な態度の違いも理解できる……とニコルは頷く。だが、それならばどうしてキラだけではなくクルーゼもその事実を告げなかったのだろうか……と新たな疑問が浮かんでくる。
「……お前ら……」
 今までのことを脳裏で整理していたイザークが不意に口を開いた。
「何ですか?」
「どうかしたのか?」
「この件について、誰にも言うなよ。隊長はもちろん、アイツにもだ」
 イザークは二人に向かってきっぱりとこう言い切る。
「どうしてだよ」
 納得できないとディアッカが言葉を返してきた。どうやら、彼はキラが戻って来次第、今知った事実をぶつけようと思っていたようだ。
「……あの人があえて言わなかったから……ですか?」
 だが、ニコルは違ったらしい。イザークに向かってこう問いかけてきた。
「知られてもかまわないが、あえて伝える必要はないと二人が判断したのなら、それでかまわないだろう。第一、アイツの後見人が隊長だからと言って、あの隊長が実力のないものを呼び出すと思うか?」
 ザフトに入隊させるまでならそうでもないだろう。実際、本国にいればさほど才能がない者も見られるのだ。中には、家名のためだけに在籍しているような者もいる――もっとも、それでもナチュラルに比べれば格段の実力を持ってはいるのだが――
 しかし、ここは戦場だ。
 力がない者は誰彼なく淘汰されてしまう。
 それどころか、味方さえ巻き込みかねないだろう。
「……なぁる……いくら隊長が身びいきでも、そんなマネはしないか」
 むしろ、さっさと見捨てるだろうとディアッカも頷く。
「アイツの才能は隊長とは関係なく感嘆に値する。だから、余計に不必要な色眼鏡で見られたくないと思っているんだろう」
 自分たちは幼い頃からそのようなまなざしで見られることには慣れている。だが、第一世代だと自嘲混じりに告げた彼はそうではないだろう。それどころか、クルーゼの身内だと言うことで言われない迫害を受けていたのではないか……とイザークは判断をしたのだ。
「了解。本人が話してくれるまでは内緒にしておくさ。どうやらアスランも聞かされてないようだからな。その時のアイツの表情を見るのを楽しみにしておこう」
 ディアッカの苦笑を含んだ言葉の理由はイザーク達にもわかってしまう。
 あの鉄面皮が、キラが来てからと言うもの崩れまくっている。
 その彼が、この事実を知ったときどのような反応を示すか……考えるのは楽しいだろう。
「本当、楽しませてくれるよ……キラ・ヤマト」
 にやりと口元をゆがめると、イザークは視線を外へと向ける。そこではストライクの白い機体が流れるような動きを見せていた。

「……本当、何を考えて設計したんだろう……」
 目の前に現れたエラー表示に、キラは小さくため息をつく。
 おそらく、ザフトにいる誰よりもナチュラルの設計思想について知っているのは自分だろう。その彼でもあきれたくなるほど、ストライクのバランスは悪かった。本当にこれで戦うつもりだったのかと思わずにいられない。
「たぶん……全部まとめてしまえって言うだけで作ったんだろうけどね」
 動かす人間のことまでは考えていなかったのだろうとキラは判断をする。
 で、完成させたものの、失敗だったと認めたくなくて、さらなる開発を続けた結果が、この機体と専用のバックユニットなのか。
「まぁ、あの人の機体も結構すごいものがあったからな」
 そう呟きながら、キラはキーボードを叩く。
『キラ!』
 ストライクの動きが止まったからだろうか。アスランの不安そうな声が届いた。
「大丈夫。OSにミスを見つけただけ。今修正してるから」
 明るい口調でこう言い返せば、
『修正しているだけって……キラ!』
 あきれたようなアスランの声が返ってくる。それを耳にしながら、キラは最後のキーを打ち込む。これでエラーは解消されたはずだ。
「だって、もう終わったよ」
 それに、いつものことだし……と平然と言い返せば、回線の向こうでアスランがため息をつくのがわかった。
『ったく……これが実戦の最中だったらどうする気だったんだ?』
 あきれたように呟く彼に、キラは思わず苦笑を浮かべる。
「どうもしないよ。さっさと修正をして戦闘に戻る。それだけのこと」
 前に経験しているし……と思わず付け加えてしまった言葉に、アスランが息をのんだ。
『キラ、君ねぇ……』
「だって……そうしないと死んでたんだもん……」
 自分だけではなく、彼も。だから、ジンのOSを書き換えた。その結果が、彼推薦でのザフト入隊となったのだが、あえてそのことは口にしない。
『……前例持ちだったわけね……』
 あきれていいのか何なのかわからないとアスランが言外に告げる。
「悪かったね」
 そう言いながら、キラは再び先ほどと同じ条件でストライクを動かす。どうやら、修正がうまくいったらしい。エラーが表示されることはなかった。その事実に、キラの口元に微笑みが浮かぶ。
『いいよ。昔からキラがそう言う性格だって言うのは知っているから』
「……何を思い出したわけ?」
 思い当たる節がたくさんありすぎるというのもある意味困ったものかもしれない……と心の中でため息をつきつつ、キラは聞き返す。
『内緒にしておくよ』
 そんなキラの考えがわかったのだろう。アスランは小さく笑いを漏らしながらこう言い返してきた。
「……まぁ、いいけどね……」
 そう呟くと、キラは通信の回線をヴェサリウスへとつなぐ。相手はクルーゼだ。
「キラ・ヤマトです。一度帰投し、バックユニットのチェックを行いたいのですが」
 それを使ったとき、今のOSでどのようなエラーがあるのかチェックしたい……とキラは言外に訴える。
『今日はそのくらいであがれ。帰投次第私の元へ来るように。アスラン、君もだ』
 だが、クルーゼからの返答はこれだった。その口調に、キラはかすかに眉を寄せる。そして、自分たちがテストに出ている間に何かあったのだろうか……と判断をした。
「わかりました」
『すぐに帰投します』
 二人は言葉と共にGをヴェサリウスへと向ける。そして、二機並ぶようにしてハッチへと向かった。
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最遊釈厄伝