狭間
05
彼らは翌日、キラの実力を目の当たりにすることになってしまう。
「……ストライクを起動した?」
整備兵達がざわついている理由をただしたイザークは信じられないという表情を作る。
「はい」
呼び止められた形になった整備兵の一人が彼の問いに頷き返す。
「だが、あいつが作業を始めてまだ30分も経っていないぞ。それなのに、もう?」
嘘だろうとイザークは言外に付け加える。
彼を始めとする多くの者がストライクを起動させようとして果たせなかったのだ。それにかけた時間も決して少なくない。クルーゼの指揮下にいる者たちはザフトの中でも最高の水準にあると言っていい。彼らができないことをできる人間がいるとは誰も思っていなかった。
それをほんの半時間ほどで起動させるとは信じられないとしか言いようがない。
「でも、実際に起動しているそうです」
彼はそう言いながら、できれば自分の目で確認したいと態度で示す。それに関してはイザークも同じだった。
「……自分の目で確認するまでは信用できないがな」
こういうと同時に、彼はとりあえず作業を終わらせる。そして、ストライクの前へと向かい始めた。
「お前も来たのか?」
そんなイザークの姿を認めたディアッカがにやりと笑いつつ声をかけてくる。
「本当に起動しているのか」
その問いには答えず、イザークは感心したように言葉を口にした。
少なくとも最後に見たときにはフェイズシステムが起動しておらず、目の前の機体はグレーのグラデーションだけを身にまとっていた。しかし、今は鮮やかな色彩を身にまとっている。その光景は誰も想像できなかったものだと言っていい。
「……確かにあの噂、嘘じゃなかったって事ですね」
ニコルもそう言いながら二人に近寄ってくる。
「整備と開発の人たちとあれこれ話していましたから……実際にOSに手を加えたのはほんの5分ほどだったらしいですよ」
そして彼の口から出た言葉に、二人は絶句してしまう。
「マジかよ……」
ディアッカが何と言えばいいのかわからないと言うように呟く。だが、イザークはおもしろそうに笑って見せた。
「隊長がわざわざ呼び出すわけだ」
クルーゼが彼をひいきしているらしいという噂も彼らの耳には届いていた。だが、これなら誰も文句は言わないだろうとイザークは思う。同時に、あの少女めいた容貌の少年がどれだけの能力を身のうちに秘めているのか確かめてみたいとも……
「そういや、アスランは?」
「あそこです」
言葉と共にニコルが指さしたのはストライクのコクピットだった。確かに見慣れた宵闇の髪がその前で揺れている。どうやら中にいるキラと何か会話を交わしているらしいのだが、さすがに周囲がこうざわめいていては声までは聞き取れない。
「ちっ」
それをもどかしく思ったイザークは床を蹴る。
作業のために低重力に設定されているデッキでのその行為は、イザークの体をすんなりとストライクのコクピットまで運んだ。
「……これ単体なら、今ので動くとは思うんだけど……バックアップを装備した場合のバランスがわからないから、一度実際に動かしてみないとだめかな」
「……って、キラ、MS動かせるのか?」
その瞬間、二人の会話がはっきりと耳に届く。
「ジンとシグーはOSチェックの時に動かしたけど……あれ? ジンはザフトに入隊する前だったかな? 事故に巻き込まれたときだから」
それに、動かしてみないとどこがおかしいか確認できないだろうとキラは逆に聞き返す。その言葉がどれだけの意味を持っているかなど、彼は考えたこともないようだった。
「本当に?」
キラの言葉を信用しないわけではないけど……とアスランは付け加えつつ聞き返す。訓練を受けていない相手がジンを動かすなど、前代未聞だと言っていい。だが、アスランの言葉の意味がわからないのだろう。
「……なんか、おかしいこと言った?」
頷くことで彼の言葉に肯定の意を返しながらキラは逆に問いかけてくる。その様子がイザークの心を逆撫でした。
「お前は……MSを動かせるものはコーディネーターの中でもそれほど多くないって知らないのか!」
だからこそ、自分たちのような少年でも軍の中でそれなりの地位を得られるのだ、と叫んでしまう。
「あぁ、そうだったんだ……だから、あの人達の態度がいきなり変わったんだ」
納得したと頷きながらキラが口にした言葉に、本気でわかっていなかったのかとイザークは脱力してしまった。
「あの人達?」
「開発局にいた人たち……あんまり歓迎されてなかったからね、僕は」
まぁ、無理ないんだけどとキラは苦笑を浮かべる。
「どうしてですか?」
どうやら、イザークの後を追ってきたらしいニコルがこう問いかけてきた。
「第一世代だからでしょう、僕が」
しかも、幼年学校を卒業してからはナチュラルと同じ教育しか受けてこなかったし……とキラは苦笑を浮かべながら告げる。その言葉の裏に、第二世代である自分たちの驕りを指摘されたような気がしてイザークは唇をかむ。他の三人にしても、大なり小なり同じ思いを抱いたようだ。
「ともかく、テストの許可を取らないと……クルーゼ隊長にお聞きすればいいんだよね」
だが、キラは気にすることなくこう口にする。そんな彼の天然ぶりに、ある意味感心するしかないイザークだった。