狭間

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  04  


 本当は、アスランだけではなく他の誰にも知られたくはない、とキラは思っていた。だが、二人に懐いていたアスランは聞かずにはいられないこともわかっている。他の三人についてはよくわからないが、クルーゼの態度からそれなりに信頼しているらしいことが伝わってきた。だから、いいか……とも思う。
「聞いていて、気持ちいい話でもないし……」
 それでもこう口にしてしまうのは自分の中でまだその一件が整理が付いていないからなのだろうか、とキラは考えてしまった。
「キラ。話したくないなら本当にいいんだぞ」
 そんなキラの心情を読みとったかのように、アスランが言葉をかけてくる。
「……Cosmic Era68 9月27日……何があったか、覚えてる?」
 そんなアスランに微笑み返すと、キラは言葉を口にした。
「何だっけ?」
「……お前、本当に必要以外の出来事はさっさと記憶の中から消すんだな」
「あの事件を忘れてしまったなんて」
 ディアッカが思わず呟いたセリフに、イザークとニコルがあきれたような視線を投げかける。
「……月の宇宙港での衝突の話か?」
 アスランがキラに確認を求めてきた。それに、キラはあっさりと頷き返す。
「まさか……」
 次の瞬間、アスランは何かに気がついたのか。キラの顔を覗き込んできた。
「あの場におじさん達が……」
「……いたんだよね」
 タイミングが悪いことに……とキラは苦笑を浮かべる。それ以外、どんな表情を浮かべればいいのかわからなかったのだ。
「月も危なくなったからって、ヘリオポリスへ移住しようって言う話になって……許可が出たから、その日、出発するはずだったんだ。後十分でもずれてたら巻き込まれないですんだのかもしれない。もし、僕があの時、立ち止まらなかったら……」
 少なくとも両親は死ななくてすんだのかもしれない……と言う言葉をキラは辛うじて飲み込んだ。起こってしまったことはもうどうしようもない。だから、あれこれ悩むな……と繰り返し語ってくれた人の言葉を思い出したのだ。
「……キラ……」
 淡々と言葉を口にする彼に、アスランはそれ以外かけるべき言葉を見つけられない。
「その後引き取ってくれた人としばらく一緒に暮らしていたんだけど、僕がコーディネーターだってばれちゃって……だから、その人の知り合いを頼ってプラントに来たんだ。ザフトに入ったのは、今の保護者がそれを望んだから」
 つまらない理由だったろう? と告げてキラは話を終わらせる。
「……ごめん……」
 アスランはそう言うと共にキラの体を抱きしめてきた。
「思い出したくないことだったんだろう? ごめん」
 覚えているとおりのアスランの言動に、キラはほっとため息をつく。そして、彼を安心させるように微笑んだ。
「気にしなくていいよ。それよりも、またアスランに会えて嬉しい」
 もう二度と会えないと思ってたから……と言う言葉は間違いなく本心からのものだった。
「俺だって……」
 アスランもそんなキラの言葉に即答をする。そして、間近でキラの瞳を見つめると何とか微笑みを浮かべて見せた。
「……お前ら……どうでもいいが、俺たちもいるって事を忘れてないか?」
 どうやら、完全に蚊帳の外に置かれていたのが気に入らなかったらしい。イザークがいらついた声で自分たちの存在を知らせてきた。
「そう言えば、まだ、他の人たちのこと、紹介して貰ってないね」
 思い出したというようにキラは小首をかしげる。
「そう言えば……そうか……隊長も迂闊な」
「あるいは、アスランが押しつけられただけだったりして」
 暗くなりつつあった雰囲気を変えようとするかのように、キラは明るい口調で言葉を口にした。
「……あの人ならやりかねない……」
 彼が無能だというわけではない。むしろ有能すぎるほど有能なのだ。だから、他人にもそれと同じレベルを求めてしまう……という傾向はある。アスランに任せると言った以上、そう言った些末なことはすべて彼の裁量で行えという意味も含まれていたのだろう。
「正確に言えば、俺もお前のことを紹介されているわけじゃないがな」
 まぁ、いろいろと聞かせて貰ったが……と口にしたのはイザークである。
「そう言えばそうだっけ」
 キラは初めて気がついたというように目を丸くした。その表情のままアスランに確認を求めるように視線を向けてきた。
「確かに、紹介した覚えはないな……もっとも、今更必要ないと思うが」
 キラの名前とザフトに入った経緯などは先ほどの説明で十分だろうとアスランは言外に付け加える。
「そうだよなぁ……後必要なのはそいつの実力が噂通りなのかどうかだけだし」
 珍しくもディアッカがアスランに同意を見せた。
「言われてみればそうですよね。必要なのはストライクが起動できるかどうかだけです」
 ニコルはニコルでかわいらしい顔に似合わないようなセリフを口にする。
「確かにな。デュエル担当のイザークだ。イザーク・ジュール」
「バスター担当のディアッカ・エルスマンだ」
「ニコル・アルマフィーです。ブリッツ担当ですね」
 三人が次々と自己紹介をしていく。彼らの名乗った姓に、キラはほんの少しだけ目を見開いた。だが、それ以外のリアクションを見せることはない。その事実がイザーク達に感心されているとは本人は気づいていないだろう。
「と言うことは、アスランがイージス?」
 その代わりというようにキラが口にしたのはこのセリフだった。
「あぁ。何で知っている?」
「機体のデーターだけは貰ってあったから」
 でないと、チェックだけで時間がかかるし……とキラは付け加える。このまま機体に張り付きかねない表情だ。
「……ともかく、今日は休めと言われているんだから、休んでいること。それに、荷物もそのままじゃだめだろう?」
 そう言えばそう言う性格だったな……と呟きながら、アスランは先制をしておく。
「……早く手をつけた方がいいんだけどね。まぁ、疲れているときにはいい仕事できないだろうし……言われたとおりにしておく」
 そう言って微笑んだキラから、その場にいた誰も目を離すことができなかった。

「……会いたいな……」
 クルーゼの素顔を久々に見たせいだろうか。
 それとも、あの時のことをアスラン達に話したからだろうか。
 キラの心の中で、自分を助けてくれた『彼』への思いがふくれあがってくる。だが、それは今の彼には許されないことだともわかっていた。
「貴方に、会いたいな……」
 小さく呟かれた言葉は、闇の中に溶けていった……

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最遊釈厄伝