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「さて、ストライクの場所だが……どこだ?」
アスラン達を見送った後、クルーゼはさらに問いかける。
「デブリだよ。その中の廃棄された資源衛星の中に隠してきた」
たぶんまだあるはずだ……というフラガに、クルーゼは不審そうな視線を向ける。
「カーゴにはロックをかけてきたし、そもそもストライクのOSには坊主以外解除できないロックがかけてある。そう簡単には動かせない」
MAしかない連邦の装備ではなおさらだ……とフラガは弁明をした。そして、正確な位置を口にする。それを耳にしたクルーゼは即座にアデスへ指示を出すために立ち上がった。
「OSか……そう言えば、そちらのナチュラルのお嬢さんが使っているMSのOSも彼が作ったのだそうだな……後で分析させて貰うが、かまわないな?」
だが、ふっと思い出したというように動きを止めるとこう口にする。
「……ここに来たときから、それは覚悟している」
カガリが小さいがしっかりとした声で言葉を返した。
「その代わり、これ以上、キラを追いつめるな!」
それが約束してもらえないなら、自分は協力しない、とカガリは態度で告げている。
「もちろんだとも。彼は我々にとっても大切な存在だ。その理由は、君もよく知っているのではないかね?」
クルーゼの言葉の裏に隠されているものにカガリは気づいたのだろうか。唇をかみしめる。だが、それでも取り乱したりしないのはさすがだと言うべきなのだろう、とクルーゼは思う。
キラとは違った強さが彼女にはある。
その事実に、かすかに口元をほころばせると、クルーゼは中断していた行動を再開する。
指示を出し終わった彼は、再び元の席へと腰を下ろした。
「さて……問題の場所に着くまでは少し時間があるな。もう少し詳しい情報を聞かせて貰おう。ここには私とお前達しかいない」
聞かれて困る相手はいないだろう……と付け加えるクルーゼに、二人はどうするべきか視線で会話を交わす。
「……まぁ、隠し立てするよりは話ておいた方がいいだろうな……」
ため息とともに口を開いたのはフラガの方だった。
「あの野郎の影響は連邦だけじゃなく、オーブにも及んでいるらしいぞ。お嬢ちゃんが使っている機体の他にアストレイの試作機は後3機有ったそうだ。そのうち2機は存在が確認できているが、最後の1機が行方不明だと」
他にも首長達の中にも懐柔されている者がいるらしいしな……とフラガは吐き出すように口にする。
「……あるいは、プラント本国にもあの男と関係している者がいるかもしれないな……」
その呟きはクルーゼの不安と一致するものだった。
「それに関しては、こちらも手を回して確認しておこう。まずは彼の精神状態の安定を優先にしなければならないか」
でなければ、ストライクのOSのロックを外すことも出来ないだろうとクルーゼは考え込む。
「……しかし、因果なものだな。すべては偶然というなの必然で、ただ一人の少年の肩にすべてがのしかかっていくとは」
さて、自分たちはどう行動すべきか。
自分の計画は修正の必要があるのか。
クルーゼはその仮面の下で考え始めた。
「……予定とは違う事態になっているようだな……」
音声だけの通信にそう答える。
『何、些細な事態だよ。ようは最終的に目的を達することが出来ればいい。違うかね?』
だが、相手の声はそう言って笑った。
「そう願いたいね」
我々の望む未来のために……と彼は言い返す。
『もちろんだとも』
すべてはあの時から計画されてきたのだ……と言い返される言葉に、彼はうっすらと冷笑を浮かべる。だが、そんな彼の表情は相手には見えない。
「では、こちらの行動は予定通りに」
そう告げると彼は通信を終わらせる。
そのまま倒れ込むようにいすの背に体重を預けた。
「……『人』は決して道具ではない……それがわからぬ者に、世界を渡すわけには行かぬのだよ」
例え、この身が何と言われようとも……と呟くと彼は目を閉じる。
そのまま、彼は人が呼びに来るまで身動き一つしなかった……
武装を取り上げられたまま、フラガはシグーに押し込まれてしまった。
「……何でお前といっしょなんだよ……」
フラガは思わずクルーゼに文句を言う。
「仕方があるまい。他の者といっしょに出来るほど、お前を信用していないだけだ」
「……そりゃないでしょう……いくら俺でもMSまでは動かせないって」
ストライクのOSはかなりマシだったから、動かすことは可能だったかもしれない。だが、それでも戦闘には使えない代物だった。まして、最初からコーディネーターの身体能力等を考慮して作られたザフト製のMSを自分が扱えるとはフラガは思っていない。
「どうだかな。お前の実力は、幸か不幸か、私が一番よく知っている」
その意外性もな……とクルーゼは付け加えた。
「……でも、一応、俺、ナチュラルなんだけどねぇ……」
ぼそっと呟けば、クルーゼが笑いを漏らす。
「しかし、今後はナチュラルもMSを扱う日が来るのだろうな」
実際、カガリが使いこなしている。その操縦技能はザフトのパイロット達の中でもそれなりのレベルに達しているだろうとクルーゼが付け加えた。
「本人曰く、坊主の作ったOSに依存している部分が大きいって言う話だけど」
今度一回いじらせて貰おうか……といつもの軽い口調でフラガは呟く。
「それはおもしろそうだな。パイロットの経験の違いによる性能の違いを確認できるだろうし」
それによって、OSの完成度もわかるだろうとクルーゼが言う。
「……珍しいな。お前があっさりと俺の意見に賛同してくるとは……」
「彼が作った他のプログラムを見せて貰ったが、どれも完成度が高い。そう言うことだ」
こう言い返してくるクルーゼに、フラガは小さくため息をついた。
「お前ら、勝手に拉致ってってそんなことを坊主にさせてたのか」
それでは、キラの心が不安定になるはずだと付け加えれば、
「心配するな。少なくとも『戦闘』に関わるプログラムには手をつけさせていない。『彼』の方にはな」
と言い返してくる。その内容にフラガは眉をひそめる。
「……って事はそっちが原因か……前よりもひどいぞ、あれは」
「それに関しては……別の要因もあるのだろうが……残念ながら私たちが口を出せる内容ではない」
本人達の問題だろうとさりげなく付け加えられた言葉を耳にした瞬間、フラガの脳裏に先ほど見かけた中の一人の面影が浮かぶ。
「まぁ、個人の交友関係にまでは確かに手を出せないか」
キラは彼を『親友』だと言っていたが、肝心の相手の方は違ったらしい。
だとしたら、あの一件がばれたら自分は殴られるところではすまないか……とフラガは心の中で付け加える。
もっとも、今でもあの行為を後悔はしていない。
少なくとも、あれがあったからこそキラは精神のバランスを完全に崩さずにすんだのだろうし、自分をすがれる相手だと認識したのだから。
「しかし……俺はともかく、嬢ちゃんがどう出るかな」
キラは知らない彼女との関係。だが、それはカガリに自国に逆らわせる十分な理由になっていた。
「……彼女は……いったい何者だ?」
クルーゼがこう問いかけてくる。
「坊主も知らない秘密だ……完全にオフレコで頼む」
それを知ったら、キラはますます混乱してしまうだろう。今の状況でそれは避けたいとフラガは考えていた。
「わかった」
それが伝わったのだろうか。クルーゼは頷く。少なくとも口の堅さだけは信用できるか……と思いつつ、フラガは口を開いた。
「あの二人は、双子だ……坊主は知らないが嬢ちゃんの方は知っている。だから、ここまで追いかけてきたんだよ。これ以上、坊主を誰かに利用させない為に」
そのためなら、彼女は何でもするだろう、その命をかけて。
もちろん、フラガ自身、それに付き合うつもりだった。
「……なるほどな……ネイティブコーディネーターと生まれた少年と同じ遺伝子から生まれた彼女は、ナチュラルを超えたナチュラルというわけか。お前と同じで」
その気持ち、わからなくもない……とクルーゼが吐き出す。
「確かに他の者には知られぬ方が良さそうだ。私だけの胸のうちに収めておこう、今は」
そう言うところが食えないんだ、こいつは……とフラガは口の中だけで呟く。もちろん、それはしっかりと本人の耳に届いてはいたが。
「さて、あそこでいいのだな?」
不意にクルーゼが話題を変えてくる。視線をモニターに向ければ、確かに自分たちがストライクを隠した衛星が映し出されていた。
「あぁ、そうだ」
外見からはあれから誰も中に踏み込んでいないように思える。
だが、実際はどうなのか。
「私だ。トラップが仕掛けてあるかもしれん。注意をしろ」
クルーゼも同じ結論に達したのだろう。部下達にこう命じている。
鬼が出るか、蛇が出るか。
それはわからないまま、彼らはMSごと衛星の中へと踏み込んでいった。
「……やぁぁぁぁっ!」
誰かが叫んでいる
でも誰が?
「キラ!」
そう思ったとき、キラの耳にアスランの声が届く。それで、キラは叫んでいたのが自分だとわかった。
「キラ、大丈夫? 目が覚めた?」
目を開ければ、緑色の瞳が心配そうに自分を覗き込んでいるのがわかる。
「うなされていたけど……」
こう言いながら、アスランはキラの額に浮かんだ冷や汗をぬぐってくれた。
「……アスラン……」
その優しい仕草に安心したキラはほっとしたような表情を浮かべる。
「フラガ少佐と……カガリは?」
そして、おずおずとした口調でこう問いかけた。
「フラガという男は、隊長達とストライクを取りに行った。カガリは……隊長の私室だ。あそこが一番安全だからな」
だから心配いらない……と付け加えるアスランの声を聞きながら、キラはぼんやりと頷く。
「……アークエンジェルは?」
そして、さらに問いかけの言葉を口にした。
「……わからない……ごめんね。どうやら、ヴェサリウスの探査範囲外にいるらしい」
アスランが苦笑混じりにこう告げる。そんな彼の表情から自分がどんなに辛いことを彼に強いているのか、キラは理解していた。だが、友人達を心配する気持ちの方が今は強いのだ。
「……そう……」
言葉とともにキラはベッドから抜け出そうとする。
「キラ! 何をする気なんだ?」
アスランが背後から彼の体を抱き留めた。
「カガリに会いに行く! みんなのことを聞かなくちゃ……」
「駄目だ! 隊長とあの男から今のキラを彼女に会わせるなと言われている」
だから行くんじゃない……とアスランは付け加える。彼が口にしたあの男がフラガのことならば、いったいどうして彼がそんなことを言うのか、キラには理解できない。
「駄目だって、会わなきゃ……僕のせいでみんなが……」
自分でも無理を言っているとはわかっているのだ。
だが、どうしても感情が制御できない。
「行かせないよ、キラ……どんなことをしてもね」
アスランの声にかすかに剣呑なものが混じる。
そう思った次の瞬間、キラはベッドの上に押さえつけられていた。
「いい子だから、キラ……付き合ってね」
そうしたら、何も考えずにすむでしょう? とアスランは婉然と笑う。
「……アスラン……」
思わず身をすくめたキラの唇に、アスランのそれが重ねられた。