この手につかみたいもの
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ナチュラルだという事実が疑わしく思えるくらい、エンデュミオンの鷹の実力はすごいものだ……それを認めざるを得ないとイザークはデュエルの脇を飛行している機体を見ながら思う。
実際、これでよく飛んでいられるものだ、と言いたくなるような有様なのだ。
そんなMAの後をオーブ製のMSだとキラが告げた機体が追いかけていく。それは、もし万が一MAに何かあった場合、即座にフォローできるようにとパイロットが判断しているかのようだ。自分でも同じ行動を取るだろうとイザークは思う。
もっとも、その機体にしてもかなり損傷を受けているのだが……
「PSシステムは持っていない……と言っていたな」
どちらかというと機動力を重視した機体なのだろう。PS装甲がないとしたらば損害は少ない方なのかもしれない。
それはパイロットの実力なのだろうか。
それとも、OSに組み込まれている回避運動情報のおかげなのか。
どちらが正しいのか、判断は付きかねるが、それでもそれなりの実力を持ったパオロットなのだろうとイザークは結論付ける。
「……キラにとって、あいつらはどんな位置にいるんだろうな」
それが知りたい、と呟くイザークは、アスランが同じ思いを抱いていると知らない。だが、キラが彼に彼らを頼むと告げた言葉は耳に届いていた。自分ではなく彼にキラが告げた理由はわからなくはない。だが、おもしろくないと思ってしまうのもまた事実だ。
いつから、自分がこんな思いを抱いていたのかイザーク自身わからない。
「……それでも、放っておけないのだから、仕方がない……」
よくもまぁ、あれで今まで戦って来れたものだ……と感心せずにいられないとイザークは呟く。
知れば知るほど、キラほど『戦い』に向かない人間はいないかもしれない……とも思う。それでも、誰よりも戦いに対する才能を持っているキラはある意味不幸なのだろうか。
「……くだらんな」
それよりも、これからのことを考える方が先決だろう。
「ストライクか……」
MAのパイロットは自分たちを受け入れてもらえる引き替えに、アークエンジェルから持ちだしてきたストライクも引き渡すと言っていたのだ。またアレが宇宙を切り裂く姿を見ることが出来るかもしれない。そして、その隣を自分がデュエルをかってついていけるのだろうか……と。
それがキラにとっては避けたい事態なのかもしれない。
だが、イザークにとって見ればこれほど心躍る想像はなかった。
そして、その先に待っているのはザフトの勝利。
「そうなれば、キラの立場はもっと良くなるか」
今でも、希有な存在故にキラはプラントにとってなくてはならない存在となっている。だが、ザフトないではまだまだ『裏切り者』という認識が残っている。それを払拭してやれれば、どれだけいいだろうか。
「もっとも、あいつらもそのために動いているが」
今回のことは一番の機会だ、とイザークは付け加える。
その時だった。
不意にMAのエンジンが一つ吹き飛ぶ。
どうやら、限界らしい。
「仕方がないな」
同じ事をアスランも考えたのだろう。反対側から寄ってくるイージスを確認しながら、イザークもまたデュエルをMAへと近づけていく。そして、その機体を掴んだ。
『イザーク』
「わかっている。このまま運ぶ」
アスランからの呼びかけに、イザークが叫び返す。
そして、イージスとスピードを合わせると、そのまま大きく口を開けているハッチへと飛び込んでいった。
いったい、キラとカガリはどんな関係なのか。
予想以上に仲の良い二人に、アスランは嫉妬心を隠せない。
「……あの二人、よく似ていません? 顔のパーツとか……」
その時、ニコルのこんなセリフが耳に届く。
「そうか? 絶対キラの方が美人だろう?」
それに対するディアッカの答えもかなり問題があるのではないか……とアスランは思う。
だが……と心の中でアスランは呟いた。
ナチュラルとコーディネーター。
あるいは性別の違い。
そして、自分が抱いている先入観。
それらをぬきにして二人の容貌をひかくしてみると、確かによく似ているかもしれない。
「……いったい、あいつは何者なんだ?」
アークエンジェルがオーブに逃げ込む前、一度だけ顔を合わせたことがある。その時言われたセリフもまだしっかりと記憶していた。
どう考えても、彼女がコーディネーターに好印象を抱いているとは思えない。それなのに、キラに対しては彼女のとげが向けられないのだ。
「……後でキラに確かめてみるか……」
もっとも、それはこの後の会話でそれに関する話が出てこなかったら……という前提だが。
それにしても、とアスランは心の中で付け加える。
キラが本当に嬉しそうだ。自分と再会したときはあんなに悲しげだったのに……とアスランは小さくため息をつく。もちろん、その理由はわかっているし、今のキラは少なくとも幼年学校時代以上に自分のことを考えていてくれることも知っている。
それだけで満足できれば幸せなのだろう。
だが、アスランはキラのすべてが欲しいと思っている。
出来れば、他の誰もその心の中に入れないで、自分のことだけを考えていて欲しいとまで……
「そんなこと、無理だとはわかっているけどな」
キラの性格を考えれば……とアスランは小さく笑う。
もし、本当にそうしたいなら彼の命を奪うしかないだろう。
だが、そうした場合、満足感に浸れるのは一瞬だけ。
次の瞬間には失ったものの大きさにつぶされてしまうことが分かり切っていた。
だから、多少のことには目をつぶろうと自分に言い聞かせる。一番重要なのは、自分がキラの一番近くにいるという事実、それだけなのだから……と。
そんなことを考えているうちに、彼らはクルーゼの私室へと辿り着く。
確かに、公に出来ない話をするのにここほど適した場所はないだろう。
「レディファーストだ。君はそちらに。お前はこっちに座れ」
他の者たちは適当に……と告げるクルーゼに、フラガが思い切り不満そうな表情を作る。それをクルーゼは鼻先で笑っていなした。
「……あの二人、知り合いなのか?」
「僕に聞かれても……」
カガリの言葉にこう答えながら、キラはアスランへと視線を向けてくる。それに苦笑を返しつつ、自分も知らないと首を横に振って見せた。
「そうか」
何か関係がありそうだな……と呟く彼女に、アスランはお前達の方がと言いたくなってしまう。だが、それを問いつめる時間は今はなかった。
「で、何が起こったのか説明して貰おうか」
他にもいろいろ、とクルーゼがフラガをにらむ。
「……うまく説明できるかどうかは自信がないがな……ようするに、連邦の上層部があの男の傀儡になっていたって事だ」
あの胸くそ悪い前世紀の亡霊にな……と付け加える彼の口調からは嫌悪感しか感じられない。
「……前世紀の亡霊?」
連邦の上層部を傀儡に出来る人間とはどんな相手なのか。その正体を知りたいと思ったのはディアッカだけではない。
「かつて、ジョージ・グレンをこの世界に生み出した研究所の、今の所長だよ」
他にもとんでもない研究を続けてきた、な……と答えたのはフラガだった。
「そいつらが、アークエンジェルのシステムを乗っ取ろうとしてきやがってな。艦長が決断したのさ。ストライクをはじめとした機体を連中に渡すわけにいかないってね」
そう言うわけで、俺たちだけ放り出された……というわけだ、と告げる彼の口調は先ほどまでと違って苦渋に満ちたものだ。どうやら、自分たちの行動は不本意だったといえるものらしいとアスランは判断する。
「……その理由は? お前が嫌々ながらも同意したと言うことは、それなりの理由があってこのとだろう」
そんなフラガにクルーゼの質問が飛ぶ。
「……坊主だよ……」
一瞬のためらいの後、彼は呟くようにこういった。
「僕、ですか?」
「そうだ。坊主はあまりに有能すぎた。そんな坊主を連中が目をつけた……というわけだ」
そして、その身柄を取り戻すための餌としてアークエンジェルのクルーが狙われたのだ……とフラガは付け加える。
しかし、本当にそれだけなのか。
アスランは彼がまだなにかを隠しているような気がしてならない。
「それで、ストライクもか……」
だが、クルーゼはそれ以上追求をしようとはしなかった。あるいは、キラの精神状態に配慮したのかもしれない。
「……キラ、大丈夫だから……」
慌てて彼の体を背後から抱きしめると、アスランはこう囁いてやる。
「そうだ。お前が悪いわけじゃない。全部、自分の中にため込むな」
カガリもこう言いながらキラの頬をその手で包んでいた。
「……でも……」
キラが何かを口にしようとする。
触れた箇所から彼の体温が下がっているのがわかった。
このままではまずい。このまま、キラをこの場所に置いて置くわけには行かない。では、どうするか。
アスランがそれを考え始めたときだった。
気配も感じさせず、フラガがキラの前に移動していた。
「坊主、悪ぃ」
そして、この言葉とともに彼のみぞおちに拳を入れる。
「フラガ少佐!」
「このままだと、まずいことになる……坊主の精神が持たない。それはお嬢ちゃんも知っているだろうが」
しかし、出て行けと言っても聞かないことはわかっている。だから、意識を失わせたのだ……と告げる彼の判断は正しいものだろう。だが、それを認められるかというとまた別問題だ、とアスランは心の中で呟いた。
「隊長!」
思わず抗議の声を上げるニコルに、
「彼の判断は正しい。アスラン、キラ君を部屋へ。彼が落ち着くまで側にいるように。他の者は戦闘配備のまま待機。ストライクを確保しに行くぞ」
あくまでも冷静な口調でクルーゼは指示を出す。
アスランはそれを耳にすると同時にキラの体を抱き上げる。
そして、クルーゼへと目で礼をするとそのままその場を後にした。
その後を他の三人も続いていく。後に残されたのは、クルーゼとフラガ、そしてカガリだけだった。