この手につかみたいもの

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 ぐったりとしているキラの体を、アスランはタオルでぬぐってやった。そして、かいがいしく服も着せてやる。
「おとなしく眠っていてくれよ」
 少し、部屋を留守にするから……と付け加えつつアスランはキラにそうっと毛布を掛けてやった。そして彼の額に口づけを落とす。それにもキラは目を覚ます気配を見せない。  その事実に安心をしながら、アスランはそうっと立ち上がった。
 出来るだけ音を立てないようにと気をつけながら部屋をでる。以前のことがあるから、部屋のロックは厳重にかけるようになっていた。三重のそれを確認して、アスランは移動を始める。
 目的地はクルーゼの私室だった。
 カガリと話し合うためである。
「……キラのことで、俺が知らないことがあるのは気に入らないからな」
 それが独占欲から来るものだとはアスラン自身よくわかっていた。だが、それがどうしたと思ってしまうこともまた事実だ。
「でないと、いざというときキラを守れないし……」
 今起こっている全てのことがキラに集約しているらしい。
 そして、その身柄を巡ってあれこれ暗躍している者がいる。
「俺からキラを引き離そうとする奴は、誰であろうと許せるわけないしな」
 手元に取り戻してから、今まで時間をかけてようやくここまでキラの心を取り戻したのだ。それをなくせるわけがない、とアスランは呟いた。
 ようやく目的の場所までたどり着いたところで、アスランは表情を引き締める。
「カガリ、入るぞ」
 一応断りを入れてからドアのロックを解除した。そして中に踏み込めば、暇をもてあましていたらしい彼女の視線が飛んでくる。
「お前だけか……キラは?」
 だが、アスラン一人だとわかると、あからさまにがっかりしたという表情を作った。
「眠っている。まだ起こさない方がいいだろう」
 でないと、何をしでかすかわからない……と苦笑混じりに告げれば、カガリは納得したというように頷いてみせる。
「で? 何の用なんだ?」
 理由が泣くキラの側を離れるお前じゃないだろうとカガリが問いかけてきた。その洞察力の的確さに、アスランは苦笑を浮かべる。
「聞きたいことがあるだけだ」
 それでも口調はいつもと変えずにこう言い返す。
「聞きたいこと? 私が話せることは、さっき全部話したぞ」
 それ以外は聞かれても話す気はない、と彼女の全身が訴えている。だからといって、あきらめるつもりはアスランにはない。
「君とキラ、いったいどういう関係だ?」
「……ヘリオポリスで命を助けて貰った……砂漠でも協力して貰ったしな。だから、その借りを返したいだけだ」
 個人的に、あいつが気に入ったし……と言う彼女の言葉に偽りは感じられなかった。だが、それだけではないとも。
「……本当にそれだけとは思えないな……」
 目を細めて睨み付ければ、カガリは平然とにらみ返してくる。
「それはお前の感想だろう。残念ながら、本当にそれだけだ」
 きっぱりと言い切るその態度が自分に疑念を抱かせているとは思っていないだろうとアスランは思う。その程度の駆け引きが出来ないようでは、クルーゼ隊でトップの地位についていることは出来ないのだ。
「……その事実を俺が知らないせいで、キラに被害が及ばない……というのであればいいけどな」
 こうなれば側面から揺さぶりをかけるか、とアスランはこう口にする。その瞬間、カガリの表情が豹変した。
「……そう言う事実があったとしても、お前が知れば、絶対キラに気づかれる。その方が余計に傷つけるかもしれないぞ、キラを」
 それでも必死に怒りを抑えつつ言葉を返してくる。どうやら、彼女もこういう点に関してはかなり場数を踏んでいるらしいとアスランは判断をした。
「お前はキラに近すぎる。だから、知らない方がいいこともあるんじゃないのか?」
 逆に今度はカガリがアスランを追求するように言葉を投げつけてくる。
「それでキラが守れるのならね。キラのためなら、なんだってするさ、俺は」
 最終的にプラントを裏切ることになっても、キラがこの手に残ってくれればいい。声に出さないアスランのこの言葉をカガリは的確に受け止めたようだ。
「なら、私が何かを知っていたとしても、余計にお前には教えられない。それがキラのためだ」
 カガリは視線に力を込めるとアスランをまっすぐに見つめてくる。その視線をどこかで感じた覚えがある……とアスランは思う。
「……キラに似ているんだ、君は……」
 思考は無意識のうちに言葉になる。
 それを耳にした瞬間、カガリの表情が驚愕に彩られた。
 しかし、それも一瞬で消える。だが、彼女のその表情の変化は、アスランに自分の何気ない呟きが的を得て以下のかもしれない……と思わせるのに十分だった。
「いいのか? キラが目を覚ましているかもしれないぞ」
 だが、気丈にも内心の動揺を押し隠してカガリはこう口にする。
「それは困るな」
 あんな事をした後で戦闘中でもないのに一人残していた……と知られたら、キラがどういう反応を返すかわかっていた。しかもその理由が彼女だと知ったら余計であろう。
「まぁ、これ以上の追求はやめておく……必要なものがあれば届けるが?」
「とりあえずは必要ない。ただ、大丈夫そうならキラに会いたいが……」
 先ほどはろくに話も出来なかったからな、と付け加える彼女に、
「わかった。考慮しておく」
 アスランはこう言い返すと背を向けた。

 とりあえず、キラが目を覚ましていたときのいいわけように飲み物を確保して、アスランは部屋へと戻る。
「……キラ?」
 ロックを開けた瞬間、視界に飛び込んできたのはベッドの上に上半身を起こしながらぼうっとしているキラの姿だった。
「起きたの? キラ」
 声をかけながらそうっと近づいても、キラからの反応は返ってこない。
「キラ?」
 細い肩に手を置いて少し強引にその体を揺さぶる。
「……アスラン?」
 ようやくキラの瞳がアスランを捕らえた。その瞬間、キラの瞳に安堵の色が浮かび上がる。
「どうしたんだ……驚いたぞ」
 そんな彼を抱きしめてやりながら、アスランが優しい口調でこういった。
「……夢、見てた……怖い夢……みんなが……アークエンジェルのみんなが」
 死んじゃう夢……とキラは呟く。その菫色の瞳には涙が浮かんでいる。
「大丈夫だよ、キラ。みんな夢だから……」
 そんなキラの表情を見ていたくなくて、アスランは彼の体を胸の中に抱き込んだ。そして、さらさらの亜麻色の髪に指を滑り込ませると、自分の胸へと彼の顔を押し当てる。
「そんなことさせないために、フラガとかという男とカガリが投降してきたんだろう? そして、ストライクも……だから大丈夫。僕も手助けしてやるから」
 本当は、キラの心を今でも占めている連中のことなんか見捨ててやりたいとアスランは思う。
 だが、そんなことをすればキラは今以上に嘆くだろう。
 そんなキラを見るのはもっと嫌だ、とアスランは感じていた。だから、そのくらいぐらいは妥協してやろうとも。
「ね? 大丈夫だよ」
 キラは一人じゃないんだから……とアスランはさらに付け加える。同時に、その髪に口づけを繰り返した。
「キラが悲しむようなことは僕がさせない。いい子だから、信じて……」
 お願いだからと囁けば、キラはアスランの腕の中で小さく頷いてみせる。
 そのキラの仕草に、アスランは満足したように微笑む。キラが自分の言葉を無条件で信じてくれたという事実が、アスランの全身を歓喜で包み込んだからだ。
 もっとも、それをキラに知らせるわけにはいかない。自分がそんな人間だと知られたら、キラに嫌われるかもしれないと思うと、歓喜は恐怖と紙一重なのだ。
「……隊長達が戻ってきて、許可をもらえたら、カガリに会わせて上げるよ」
 キラの涙を少しでも早く止めようとアスランはさらに囁きを口にする。先ほどの彼女の様子から推測するに、キラを自分から奪い去る可能性は少ないだろうと判断したのだ。そう言う相手なら、いくらでも寛容になれる自分に、アスランは苦笑を禁じ得ない。
「……会っても、いいの?」
 まだ並みだが残る声でキラが問いかけてくる。
「もちろんだよ。会いたいんだろう?」
 もっとも、その代わりにあれこれ協力して貰う事になるだろうけど……と付け加えた瞬間、キラの体がこわばった。
 だが、それも仕方がないと思ったのか、キラはもう一度小さく頷く。そして、アスランの制服を握る指に力を込める。
「僕が守るから……」
 アスランもまた、そんなキラの体をきつく抱きしめた。


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最遊釈厄伝