32
もう完全に見慣れてしまった室内。
ラクスに半ば押しつけられるようにして持たされた荷物をとりあえず床に下ろしながら、キラは小さくため息をつく。
「……ここに戻ってくることになるなんて、思わなかった……」
というより、ザフトが再び自分を、戦艦へと乗せることなどないだろうと考えていたという方が正しいのか。
自分がザフトの人々を殺してきたという事実に関して、キラは否定をする気もいいわけをする気もない。地球降下前はともかく、その直前からは間違いなく自分の意思で『連邦軍』の一員として彼らと戦ってきたのだ。
「僕がMSを強奪して、向こうに戻るとは思わないのかな……」
もっとも、それが不可能だと言うことはわかっている。しかし、自分がそれを行わない可能性はないと言い切れないだろう。地球から遠く離れている間ならともかく、再びあちらに戻るのだから。
「……キラにそんなこと、できるわけないだろう?」
次の瞬間、笑いを含んだ声がキラの耳を叩いた。
「アスラン?」
いったいいつ部屋の中にとか、どうしてそう言いきれるのか、とか聞きたいことはたくさんある。だが、その疑問はキラの脳裏を駆けめぐるだけで言葉にはならない。
「ついたのは今。キラが百面相していたときだよ。そして、MS強奪に関して言えば、キラが生身の人間を傷つけられないから」
殺すくらいの覚悟がないと、それは不可能だよ……とアスランは笑う。キラは彼の言葉を否定することが出来なかった。
「それに、ある意味、ここが一番キラにとって安全だからね」
微妙にかえられたアスランの口調にキラは眉をひそめる。
「うるさい医師団はいないし……それにいつでも僕が守ってやれるだろう? 不本意だが、他の三人にしてもあてにできそうだし」
イザークだけは意外だったが……とアスランは微笑みに苦いものを加えた。
「でも……でも、僕は……ザフトに」
「入れ何て言わないよ、今はね。ただ、単純にキラを守るためだよ」
それでも、キラは協力してくれるだろうし……とアスランは付け加えながらキラに向かって手を伸ばしてきた。そして、そのまま自分の胸へと引き寄せる。
「……アスラン……」
小さなため息とともにキラは彼の名を呼ぶ。
「何?」
その中に疑問の色をしっかりと見つけたアスランが聞き返してくる。
「……何か、僕に、僕のことで隠してない?」
何度かためらうように唇を開いては閉じた後、キラは呟くようにこう口にした。
「隠しているよ。でも、キラは知らない方がいい」
「何で?」
あっさりと肯定されたことに驚きつつも、キラはアスランを見上げる。
「……キラが、まだ、ナチュラルの連中を好きだから」
だから教えられないのだ、とアスランが付け加えた。その言葉の意味が理解できずに、キラは小首をかしげる。
「教えたら、キラが困るよ。だから、教えられない」
僕がキラのためにならないことをした? とアスランは微笑みすら浮かべながら問いかけてきた。
望まないことならたくさんされたような気がする。その筆頭はやはりあれだろうとキラは心の中で呟いた。
だが、それらはすべて『アスランの中』では『キラのため』の行為なのだ。
キラ自身が違うと言っても、彼はそれを認識してくれないだろう。
「……アスランがしてくれていることは、間違っていないのかもしれないけど……僕のためかと言われたらわからない……」
だから、キラはこう口にした。
「キラ?」
案の定、アスランは驚きを隠せないらしい。
「……あっちにも大切だと思える人がいたし……離れたくなかった……それに……アスランは一人でも戦えるかもしれないけど、みんなはそうじゃなかったから……」
これがアスランの望んでいる言葉でないことは知りつつも、キラは自分の本心の一部を吐露する。
実際、アスランはキラの言葉を制止することも出来なかったらしい。
「……キラは優しいから……」
ようやくため息とともに吐き出されたのはこんなセリフだった。
「一度関わっちゃった人たちを見捨てられないんだよね」
それは知っているからといいながら、アスランはキラの体を抱きしめていた腕に力を込める。
「アスラン?」
痛いくらいに抱きしめられて、キラは自分が失敗したことに気づいた。どうやら、本気でアスランを怒らせてしまったらしい……と唇をかみしめる。だが、言わずにはいられなかったというのも本音だ。
「でも、今は僕だけのものだよね?」
他の連中のことなんて考えるんじゃない。アスランのこの言葉はキラの唇に直接吹き込まれる。
「んっ!」
舌を絡められ、きつく吸い上げられた。
背中に回っている手が、ゆっくりと服の裾から侵入してくる。そして、そのまま直接肌を刺激し始めた。
「やっ!」
それが背筋をたどってその消失点まで進んでいく。その奧にある入口を指先で刺激されて、キラは腰を揺らした。