この手につかみたいもの

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「……キラ・ヤマトはどうした?」
 一人だけでやってきたアスランに眉をひそめながらイザークが問いかける。
「寝てるよ。どうやら、本国にいた間緊張しすぎていたせいで、疲れがたまっていたんだろう」
 熱もあるようだから、しばらくおとなしくさせておく方がいいだろうとアスランは付け加える。
「そんなに大変だったのですか? 検査が」
「ラクスの話だと、途中で制止をしなければ解剖ぐらいやりかねない勢いだったそうだ」
 休む暇もなかったらしい……とアスランはニコルに言い返す。その瞬間、彼が思いきり眉をひそめたのがわかった。
「……そのくらいなら、確かにここの方がいいかもな」
 少なくとも、モルモットのような扱いはされないだろう。
 そして、キラのエンジニアとしての才能だけでもザフトにとっては有意義なものだ。MSのOSには触れたがらないキラだが、その他の面ではそれなりに協力をしている。後は、本人の意識をどう変えていくかだけが課題だけかもしれないが。
 三人の会話を聞きながら、イザークは出発前に母であるエザリアから聞かされた言葉を思い出していた。
『あの少年は、我々の未来どころか、戦争その物を集結させるための切り札になるかもしれないぞ』
 意味ありげな微笑みとともに告げられたこの言葉。だが、その意味を問いかけることは許されず、
『お前達を信用して預けるのだ。私を失望させてくれるなよ、イザーク』
 この言葉を残して彼女は自分の前から立ち去った。
「……あいつに、いったいどれだけの価値があるというんだ……」
 口の中だけでイザークはそう呟く。
 ネイティブコーディネーター。
 連邦軍唯一のGのパイロット。
 有能なエンジニア。
 これだけでも、あの華奢とも言える肩にのしかかっているものとしては重すぎるのではないだろうか。
 さらに、意味ありげなエザリアの言葉。
 それまでのしかかっては彼のあの細い体は壊れてしまうのではないだろうか。
 もちろん、実際にそんなことがあるとは思わない。しかし、そう感じさせてしまうようなイメージが彼にはあるのだ。
「……ともかく、起きるまでは寝かせておいてやりたい」
 ディアッカやニコルはたぶん同じ事を感じているのだろう。
 だが、実際に彼の一番側にいるアスランはどうなのだろうか。
 一見するとキラを一番甘やかして大切にしているのは彼のように思える。だが、二人の間にある何かがそれは違うと伝えてくるのだ。
 それが何なのか、イザークにはわからない。
 だが、キラが助けを求めてくる来ない以上、自分には何も出来ないだろう。そして、キラが自分を信用してくれているかというとそれはまた問題だ、とイザークは考えていた。
 その機会が欲しいと思っても、邪魔されているというのもまた事実だったが。
「それはかまわんが……隊長はあいつも連れてこいとおっしゃっていたのではないか?」
 いいのか、とイザークはアスランに言葉を投げつける。
「体調を崩している人間を呼び出すほど、隊長は無慈悲じゃないだろう?」
 違うのか、と冷たい視線が返ってきた。
「そうですよ」
 ニコルは本気で彼が気に入っているのだろう。そんなことを言い出したイザークをにらみつつアスランに同意を示す。
「まぁ、無理に動かしてさらに悪化させたらまずいだろうしな」
 しっかりと話を聞いておいて伝えればいいんじゃないのか、とディアッカまで二人に賛同をすれば、イザークとてそれ以上我を張るわけにはいかない。
「……そう言うことにしておこう……」
 確かに体調が悪いのであれば無理はさせられないと言う理屈はわかる。彼の存在そが大切なのだ。
 キラの発熱が本国で医師団が彼の身をモルモットにした結果だというのであれば、なおさらだろう。
 イザークがそこまで考えたときだった。
 ドアが開き、真白き軍服の裾を翻したクルーゼが入ってくる。
「……キラ・ヤマトはどうした?」
 反射的に敬礼を返したアスラン達を見回すと、クルーゼは問いかけの言葉を口にする。
「熱を出しましたので、現在、部屋で休ませております」
「……そうか……」
 アスランの報告に、クルーゼは一瞬考え込むような表情を作った後に頷いて見せた。

 ロックが外れる小さな音でキラは目を覚ます。
「……アスラン?」
 まだ眠気が残るまなざしをドアの方へと向けながら、キラは相手の名を呼ぶ。
 この部屋に足を踏み入れる相手を、キラはそれ以外すぐに思い浮かべられなかったのだ。
 だが、いつもならすぐに返ってくるはずの声が今日はない。
 その事実に、キラの瞳が不審そうに細められる。
「誰?」
 ようやく慣れた瞳に映ったシルエットはアスランのものではなかった。そして、その制服の裾の長さから、他のGのパイロット達ではないこともわかる。
「……何のご用ですか?」
 どうして、こう言うときに限って厄介事が襲ってくるのだろう。
 イザークに踏み込まれたときもやはりこのように行為の後だったような気がする、とキラはため息をついた。
 それでも警戒を怠れないのは、自分の中にまだ、ザフトに対する不信感があるからだろうか。
 それとも、罪悪感か。
 キラ自身にもそれはわからない。
 強いて上げるならば、第六感がそう告げている……と言うところだろう。
「ご用がないのでしたら、出て行って頂けますか?」
 体を起こしながら、キラは相手に向かってこう言った。体の芯にきしむような痛みを感じてはいたが、それでもすぐに動けるように体勢を整える。
 彼が近づいてきたからだろうか。
 ようやくキラにも相手の表情がわかる。しかしそれがさらにキラの不信感と恐怖を煽った。
 これがあの時のイザークのように怒りをあらわにしてくれていたのなら、まだここまで怖くなかっただろう。
 あるいは、フレイのように憎悪や嫌悪を見せてくれれば、まだ納得できたかもしれない。
 しかし、彼の表情にはそのどちらも感じられなかった。いや、一切の感情がそぎ落とされていた、と言うべきか。
 しかも、次第に近づいてくる男の手にあるのはどう考えても自分を拘束するためのものらしい枷だ。と言うことは、寝ぼけているわけでも冗談でもないと言うことだろう。
 どうするべきか。
 キラは男から目を離さずに考え始める。
 一番いいのは、ここにアスランか誰かが来てくれることだ。
 だが、彼は出かけるときにミーティングと言っていたから、しばらくかかることはわかっていた。と言うことはその可能性は低いだろう。
 ならば、自力でどうにかするしかない。
 しかし、正式に軍人として訓練を受けている彼と素人に近い自分が争った場合、正攻法では結果が目に見えている。かといって、今の体調では奇襲を駆けることも難しいだろう。
 残るは、男をかわして外に逃げるという選択肢だけか。
 そのためには何としても男の隙を見つけなければならない、とキラは一層相手の動きに注意を向ける。しかし、いくら探そうとしても隙が見つからないのは相手が軍人だからだろうか。
 フラガもそうだった、とキラは不意に思い出す。
 あれだけ怠惰な行動を取り、隙があるようにしか見えなかった彼だが、実際は違っていた。おそらく、相手が自分たちでなければ無条件で反撃されていたことだろう。
 そんな相手から逃れることが出来るか。
 キラは少しでも状況をよくしようとするかのように体勢を変える。
 だが、それは逆にキラ自身に隙を作ってしまった。そして、男がそれを見逃すはずもなく……
「っく!」
 肩に男の手がかかった、と認識した次の瞬間には、シーツの上に仰向けに倒されてしまった。
 そのままみぞおちに男の膝が乗ってくる。
 そこに体重をかけられ、キラは何かが心の奥から浮かび上がってくると感じた。同時に、自分でも信じられないような動きをしてしまう。
 男の体を強引に自分の上から振り飛ばすと、キラはベッドの上から飛び降りる。
 もちろん、相手もそれであきらめてくれるはずがない。
 再び自分を拘束しようとする相手に、キラは反撃を開始した。


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最遊釈厄伝