19
頭が痛い……
そう感じた瞬間、キラの意識は急速に覚醒へと向かった。
「……ここ、は?」
瞳を開いた瞬間、キラの目に飛び込んできたのは見知らぬ天井。そのまま周囲を見回しても、自分がいる場所に見覚えは全くない。
寝かされていたベッドの上に体を起こすと、さらに手がかりを求めてキラは視線をさまよわせた。
その瞳が窓の外に向けられた瞬間、大きく見開かれる。
「……ジン?」
窓の外を通っていったのは、間違いなくザフトのMSだった。と言うことは、ここはザフトの基地と言うことか、とキラが思った瞬間である。彼の脳裏に自分が意識を失うまでの出来事が浮かんできた。
「……アスランが?」
いったい何の目的で……とキラは小さく呟く。
連邦軍の戦力をそぐためなら、拉致などよりもあの場で自分の命を絶った方が簡単だろうと思う。しかし、あの時のアスランからはそんな意思は感じられなかった。しかも、どう見ても自分が今いる場所は捕虜を拉致しておくには不似合いだと言っていい、とキラは思う。
その時、ドアのロックが外される音がキラの耳に届いた。
反射的にキラは身構えてしまう。
「気がついたんだね、キラ」
そう言いながら入ってきたのはアスランだった。優しげな口調に反して、彼はドアを閉じると同時にロックしてしまう。
「よかった。使った薬が体に合わなかったのかと不安になってたんだ」
キラは特別だから……と付け加えつつアスランがゆっくりと歩み寄ってくる。
「……僕を……どうするつもりなの?」
そんなアスランにどうしたことか恐怖を覚えてしまう。無意識のうちに後ずさりながら、キラはこう問いかけた。
「どうもしないよ。ただ、側にいて欲しいだけ」
ふわっと微笑む彼の表情はとても優しい。
まるで昔に戻ったみたいだ……とキラは思う。
だが、それだからこそ今のアスランは怖いと感じてしまう。
「……そんなこと……できるわけないだろう……僕は……」
連邦軍の一員としてザフトと戦ってきたのだ。自分の手は同胞の血で汚れている。そんな自分を――例えアスランの父親がプラントないで有力者だとしても――アスランが側に置いておくなど不可能に近いだろう。第一、バルトフェルドの隊を除けば一番自分によって被害を得ていたのはアスラン達ではないか。
「大丈夫だよ、キラ……君が意識を失っている間にね、精神分析を受けて貰ったんだ。その結果、君の精神には他人によって手を加えられた痕跡が認められた。だから、今回の件も君自身の意思で行われたとは言い難い、と判断されたって言うわけ」
もっとも、それでも無罪放免というわけにはいかない。
だから、監視の意味を込めて自分たちが保護をすることになったのだ……とアスランは付け加える。
その言葉をすぐに信じられないのはどうしてなのだろうか、とキラは心の中で呟いた。
「……僕の精神が?」
そんなわけないと、キラは付け加える。
自分にそんな記憶はない。
アスランだって、少なくとも別れる前までにそんな事実がないことは知っているはずだ。そして、ヘリオポリスに移住してからも……
だが、本当にそうなのだろうか……とも思う。
バルドフェルトが自分に向けていった『パーサーカー』という言葉。
それにふさわしいとしか言いようがない自分の行動。
同時に思い出すのは、心の奥から湧き上がってくるあの声。
「キラ?」
自分の体を抱きしめるようにして縮こまってしまったキラの様子を不審に思ったのだろう。アスランが問いかけの言葉を投げかけてくる。
「……何でもない……」
近づいてくるアスランの顔を避けるかのようにキラは視線を伏せた。
「キラは……足つきに乗っている間におかしくなっちゃったようだね……」
それって、これをつけた相手のせい? そう言いながら、アスランがキラの首筋に手を伸ばしてくる。そして、そのまますっと首筋に指を這わせた。
「……んっ……」
そこから伝わってきた感覚に、キラは思わず息をのんでしまう。
「感じやすくなったね、キラ……ひょっとして、連邦から離れられなくなったのってそのせい?」
体で籠絡されちゃった? といいながら、アスランはキラを追いつめ始める。
「……ち、がうよ……」
自分とフラガはそう言う関係ではない。確かにお互いの熱を慰め合ってはいたが、あくまでもそれはコミュニケーションの一環だとキラは信じ切っていたのだ。
だが、それをアスランが信用するわけない。
「あぁ、恥ずかしいんだ、キラ……かわいそうに。いいよ。全部僕が忘れさせてあげる」
そう言いながら、アスランはキラの体を強引にシーツに沈めた。