この手につかみたいもの

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「……これで、もう僕だけのものだよね、キラ」
 キラの特異性を考えればそうとだけは言えないだろう。だが、こうして彼の体に触れられるのは自分だけだ、とアスランは微笑む。
「しかし、よく、最後までいかないでくれた……と言うべきなんだろうな」
 キラの体は触れられることには慣れていたが、行為自体は知らなかったらしい。と言うことは、男か女かはわからないが、キラに快感を教え込んだ相手は、最後まで事を進めなかったらしい。
 あるいは、コーディネーターと情を交わしたくないと思ったのか……
「僕としては嬉しい限りだけどね」
 くすりと笑いを漏らすと、アスランはベッドから抜け出した。そして、床に散らばっている二人分の衣服の中から自分の軍服を取り上げると身につけ始める。
「ともかく、後始末をしてやらないと、後々大変なことになるよな」
 それじゃキラがかわいそうだし……と付け加えると、アスランは部屋の中を見回す。
 いくら『捕虜』扱いではないとは言え、さすがにこの部屋には武器になりそうな物は置いてない。
 しかたがないな、と呟くと、アスランはとりあえずたなの中からタオルを取りだしてキラの体を拭いてやる。さすがにタオルについた血の量にアスランも眉をひそめてしまった。
「ともかく、薬を付けてやらないと……」
 いくらコーディネーターがナチュラルに比べて回復が早いとは言え、場所が場所だけに念を入れておいた方がいいだろうと判断をする。
「ごめんね、キラ。すぐ戻るから」
 言葉とともにアスランはキラの髪に口づけを落とした。そして、そのまま部屋から出て行く。
 確か、自分たちが今使っている部屋に救急キットがあったはず……と思いながらアスランがそちらに向かおうとしたときだ。薄水色の瞳と視線がぶつかる。
「……あいつはどうした?」
 形の良い唇からこぼれ落ちた低い声にはどうしたことか怒りすら感じられた。
「一度気がついたけどね。ちょっとパニックを起こしたから、強引に眠らせた。その途中で怪我をしたから、今救急キットを取りに行くところだが?」
 それがどうかしたのか、とアスランは彼の瞳に負けないくらい冷たい口調で言葉を返す。
「……悲鳴が聞こえたからな。貴様があいつを虐待しているのか、と思っただけだ」
 そう言いながら、イザークはアスランを睨み付けてきた。その瞳の奧に見え隠れしている感情に本人が気づいているかどうか。
「俺がキラを? 寝言は寝ていってくれないか?」
 だからといって、ようやく手元に取り戻したキラを手放す気は全くない、とアスランは心の中で呟く。
「それよりもどいてくれないか。早く手当をしてやりたい。地上は雑菌が多いからな」
 いくらコーディネーターでも感染症にかかってしまっては完治までに時間がかかってしまうだろう。第一、それでキラの『遺伝子』に傷でも付いたら、困るのはプラントだ。自分にしてみれば、キラがキラであればそれ以外のことはどうでもいいのだが……とアスランは心の中で付け加える。キラの特異性すら、アスランにとって見れば彼を自分の手元に置くための口実でしかないのだろう。
「ちっ」
 だが、イザークはそんなアスランの内心を知らない。もちろん『キラ』が『どうして』怪我をしたのか、本当の理由も、だ。
 それでも、アスランの言うとおりキラの身に何かあっては困る……と判断したのだろう。
 小さく打ちをするとアスランの前から体を移動する。その脇をアスランは当然のようにすり抜けていく。
「……お前一人で大丈夫なのか?」
 その背に向けてイザークがこう問いかける。
「もちろんだ」
 キラを他人の目にさらしたくない。もちろん、そんなことは不可能だろうが、少なくとも今のキラは誰の目にも触れさせるわけにはいかないだろう。
 アスランは一言イザークに言葉を投げつけると、もうそれ以上話を聞く気はないと態度で示す。そして、そのまま歩き始めた。
「……貴様は、いったい何を考えているんだ」
 彼の背後からイザークの声が追いかけてくる。
「お前に答える義務はない」
 だが、アスランの答えはこれだった。
 そのまま、角を曲がると執拗に絡みついてきたイザークの視線が途切れる。
「僕が何を考えているって? キラのことに決まっているじゃないか」
 その瞬間、アスランの口から憤りを隠せない声がこぼれ落ちた。
「ナチュラルもコーディネータもどうでもいい。キラさえ僕の側にいてくれるなら、いっそ、全部壊してもかまわないんだ」
 それでも実行に移さないのはキラのため。
 彼の心がそんな自分の行動に耐えきれないとわかっているからだ。
「……あるいは、隊長はこんな僕の心境に気づいておられるのか……」
 だからキラを自分に預けたのだろうか……とアスランは思う。それとも、単に自分たちが親友同士だから……と言うことからか。
「キラが側にいてくれればどうでもいいけどね」
 キラにしても、すぐに自分を受け入れてくれるだろうとアスランは微笑んだ。


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最遊釈厄伝