トリカエバヤ
52
レイのピアノはいつ聞いても心地よい。
他の人のピアノではダメだった。どれだけの技術を持った人の物でもここまで心地いいとは思えないのだ。
そう考えながらキラは目をつぶってレイのピアノを聞いている。
そんなキラの隣でカナードは熟睡しているようだ。
せっかくレイが引いてくれているのに、とキラは足で彼をつつく。
だが、そのくらいでカナードが目覚める様子はない。仕方がない、と放置をすることにした。
もっとも眠ってしまう気持ちも理解できる。心地よさに気がつけば眠りかけてしまうことが何度もあった。
ひょっとしたら心地よい音楽を聴いていると眠くなるのだろうか。
だとするのであればカナードが眠ってしまったのは間違っていないのかもしれない。そんなことも考える。でも、自分は起きていてこの音の心地よさの中で漂っていたいと思う。
そんなことを考えていたときだ。
不意にカナードが目を覚ます。
「兄さん?」
どうかしたの、とキラは小声で問いかける。
「エントランスの方でもめているな」
声がする、とカナードが言葉を返してきた。
「見てくる。お前はここにいろ」
そういうとカナードはさっさと立ち上がると部屋の外へと出ていく。
同時にレイがピアノを弾く手を止めた。
「レイ?」
「何かありましたか?」
「……玄関で、なにか、騒ぎが……あったみたい。僕には、聞こえ……なかった、んだけど……」
レイの言葉にキラはつっかえながらもそう言葉を返す。
「そうですか……ラウがいるから心配はいらないと思いますが、キラさんは俺の側にいてください」
万が一のことがあれば大変だ、とレイは続ける。
「でも……」
「大丈夫です。俺もそれなりに動けますから」
ラウにしごかれたから、と彼はそう付け加えた。
「不安なら、またピアノを弾きましょうか?」
さらに彼はこう提案してくる。
「お願いしても、いい?」
キラはそう言う。
「はい」
レイがうれしそうにうなずくと、またピアノの前に腰を下ろした。
三十分も経たないうちにラウが室内に入ってくる。その後ろにはカナードがついてきていた。
「すまないね。騒がしかったろう?」
ラウがこう言って微笑む。
「レイのピアノ、聞いていた……から」
騒がしいのは気づかなかった、とキラは言い返す。
「それは良かった」
ラウはそう言って微笑む。
「何があったのですか?」
レイがそう問いかける。
「無礼な客人が来ただけだ。お帰りいただいたがね」
ここは私の家ではなくギルの家なのに、と彼はため息をつく。
「……そうですか」
「あぁ、安心しなさい。誰もギルには手出しできない。もちろん、キラとカナードにもね」
自分達にもそうだ、とラウは笑ってみせる。逆に叱られるだろう、と彼は言葉を重ねる。
「その程度の権力は持っているつもりだからね」
笑顔でそう言う彼になんと言葉を返せばいいのかキラにはわからない。救いを求めるようにカナードへと視線を向けた。しかし、彼はあきらめをと言う様に首を横に振ってみせる。
この件について何も聞くな、と言うのだろうか。
そう判断をしてキラは素直に口をつぐむことにした。