トリカエバヤ
53
「デュランダルめの屋敷に行ったことはわかっている。そこならばうってつけだと思ったのに……」
「ラウ・ル・クルーゼがあちら側だったとは」
「いや、考えてみれば当然なのかもしれん。あやつは確かオーブからの亡命者だ」
男がちが数人、暗がりで顔をつきあわせてこんな会話を交わしている。
「最初からサハクの協力者だったと言うことか……消すか?」
「いや、それはもったいない。あいつの実力は本物だ」
「よくぞサハクが手放したものだと言いたくなる程度には、な」
それが一時的なものだとしても、だ。男の一人がそう続ける。
「取り込むか?」
「無駄だろう。そう言う男であればなびいたと見せかけてこちらの情報を持って行かれかねん」
下手をしたら、と男の一人がため息をつく。
「サハクの双子が乗り込んで来かねん」
そうなれば完全に我々は破滅だ、と別の男が言う。
「我々はただ、優秀な遺伝子を欲しただけなのに」
「それが間違いだったというのか」
「あの二人が家から出ててきているというのに……」
手の届くところにいる獲物は諦めるには惜しい、と別の男が言う。
「……帰りを狙うか?」
そうつぶやく。
「無駄だろう。あの男がその可能性を考えていないはずがない」
対策を考えているはずだ、と別の男が言った。
「そうだな。下手に動けば我々の計画が瓦解しかねん」
今回は諦めるしかないだろう、と別の男が悔しげな口調で告げる。
「あぁ……本当に残念だ」
あの二人を手に入れられたなら相性のいい遺伝子の持ち主をあてがおうと思っていたのに、と男達はため息をつく。
だが、それも自分達の安全が確保できていてのことだ。サハクの双子の怒りは買いたくない。男達はそうつぶやく。
それが失敗だったと男がちが気づく日が来るのかどうか。それはわからない。
なぜ、あの子どもだけが許されて自分は許されないのか。
アスランはそれがわからないまま悶々としていた。
「もう一度会って話をすれば……わかるのか?」
自分との違いが、とつぶやく。
「ラクスがあいつのことを知っていると言っていたな」
では、連絡先もわかるのだろうか。ならばアポを取って会いに行けばいいだろう。その考えは間違っていない。ただ、相手が極度の人見知りでなければ、だ。しかし、アスランはそのことを知らない。
「ラクスに頼んでアポを取ってもらって……話をすればいいか」
彼女であれば可能だろう。問題はそれを引き受けてくれるかどうかだ。だが、アスランには大丈夫だという根拠のない自信があった。
「ラクスは今、自宅にいるだろうか」
問題はそれだ、とアスランは思う。ただの学生である自分と違って彼女には《歌姫》としての仕事もある。用があっても自宅にいない可能性があるのだ。
まずはそれを調べなければいけないだろう。
「婚約者だというのに、面倒くさいな」
婚姻統制のための婚約とはいえ、とアスランはつぶやく。
もっと自由に会えれば別の感情が生まれてくる可能性もあるのではないか、とも考える。
「まぁ、仕方がないか……ラクスの歌を待っている人間が多いことも事実だ」
アスランは自分に言い聞かせるようにそう告げる。
「さて、自宅にいてくれれば話は簡単なんだが」
そういうと彼は腰を上げた。そのまま部屋に置かれている通信機へと足を向ける。
「失礼します。アスラン・ザラと申しますが、ラクスさんはご在宅でしょうか」
彼はクライン家へと連絡を入れるとラクスの予定を聞くためにそう呼びかけた。