トリカエバヤ
46
何時ものように中に入ろうとした。しかし、それを職員が止める。
「申し訳ありません。今日は貸し切りになっております」
だから、誰も入れるわけにはいかない。それがラクス・クラインだとしても、と職員は続ける。
「ここは貸し切ることは出来ないと思っていたが……」
「本来、今日は施設の点検のために休館日だったのです。そこに出資者である方がいらしたので貸しきりという形をとらせていただきました」
もちろん点検もしている。その点は出資者にも話をしてOKをもらっているが、と職員は口にした。だから、一般の客は入れていないとも。
「せっかく足を運んでいただいたのに申し訳ありません」
彼は申し訳なさそうに頭を下げる。
「だが、今日が一番の見ごろだろう?」
アスランはそう食い下がった。すでに客が──貸し切りをしているとは言え──いる以上、一人二人増えたところでどうと言うことはないだろうと判断したのだ。
「残念ですが、あちらの方にはあそこから動かないと約束していただいた上で許可を出しております。そのときに『他人を近づけるな』と命じられております」
そちらの命令の方が優先される、と職員は言い切る。
つまり自分達の言うことを聞く気がないのだ、彼は。
その事実に気がついた瞬間、アスランは怒りを感じる。どこの誰だろうと自分達の希望を聞かずに却下する権利はない。出資者に問いかけることぐらいしてもいいではないか。そう考えたのだ。
「貴方では話になりません。出資者と話をさせてください」
とりあえず怒りを押し殺しつつそう告げる。
「邪魔をするなと言われております」
それに、と職員はさらに言葉を重ねた。
「あの方の怒りを買うことはプラントにとってマイナスになります」
だから、声をかけることは出来ない。それに自分に彼に声をかける顕現はない。そうも続ける。
「……ならば私が声をかけます」
そういうとアスランは職員の脇をすり抜けた。そのまま通路の奥へとかけていく。
「アスラン?」
当然のようにラクスが追いかけてくる。
一息に花が見える場所まで駆け抜けた。そうすれば背の高い男性とその腕に抱かれている自分達と同じくらいの子どもの姿が見える。
甘えているのか。それとも花をよく見るためか、とアスランが考えたときである。
「キラ様?」
ラクスが背後から彼らに向かって呼びかけた。それに子どもの方がびっくりしたように顔を上げる。
「…………ラクス、さん?」
彼女の名を口にしながら子どもは首をかしげた。
「なぜ、ここに我ら以外の人間がおる」
知り合いなのか、と聞こうとしたアスランよりも先に子どもを抱き上げていた男性が不快そうにこう告げる。
「申し訳ありません……評議会議員のご子息ですので、強引に排除できませんでした」
追いついてきた職員が謝罪のために頭を下げた。
「なるほど……甘やかされたバカか権力を笠に着ているバカか」
呆れたように男が言う。
「ギナ様?」
「キラよ。お前はああなってはならぬぞ。いつでも民に寄り添わねば」
腕の中の子どもに男──ギナはそう告げた。
「はい?」
それにキラは素直にうなずいている。もっとも、その様子では意味がわかっていないようだが。
「……キラ様はお可愛らしいですわね」
ラクスがつぶやく。しかし、その声は周囲に響いてしまった。その途端、キラが恥ずかしそうにギナの肩に額をつける。そんな彼を慰めるようにギナは背中を叩いている。
「キラがいやがっておる。ここは貸し切りじゃ。とっとと去れ」
そのままギナがこう言う。その声は命じることになれている。
「ここは公共の施設だと思いましたが?」
「残念だが違う。ここはオーブの施設よ。行為でプラントの人間にも公開しているだけじゃ」
少し調べればわかることだが、とギナが言う。その言葉にあざけるような色が含まれていたのは言うまでもないだろう。
「しかも、じゃ。保守点検だと言われただろうが。コロニーにすむ人間が保守点検の重要さを知らぬはずがなかろう」
「……ですが……あなたたちだってきているではありませんか」
アスランはそう言い返す。
「なら、僕たちだって見学してもいいではないですか」
「我らはここより動かぬという約束で見学をさせてもらっておる。お前らはどうなのじゃ?」
その様子だと説明を聞くつもりもなかったであろう。ギナはそう言う。
「……ギナ様……もう、帰りましょう」
「そうよの。すまなんだの」
後半は職員に向けてギナが言った。
「いえ。お二人だけの時間に申し訳ありませんでした」
職員もこう言って頭を下げている。
「これじゃ、俺が悪者みたいじゃないか」
アスランはぼそっとつぶやく。
「そうなのではありませんか?」
「ラクス……」
「お気持ちはうれしかったですが、やり方は最低ですわね」
話を聞かなかったことも含めて、と彼女は付け加える。
「そう言われても……」
今日以外空いていなかったのだから仕方がないだろうとか、見ごろを逃すのはつまらないだろうとか言いたいことは沢山あった。しかし、それを口に出すのははばかられる。
「帰りましょう、アスラン」
ラクスの言葉にうなずくしか出来なかった。