トリカエバヤ

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 久々の外は多少怖いが、ギナが一緒であれば大丈夫。自分に言い聞かせるようにキラは心の中で何度もつぶやく。
 事実、今のところ、誰も近づいてこない。カナードも一緒だからかもしれないな、と思う。
「キラ。今日の目的地がみえてきたぞ」
 あるいは人気がない場所なのか。そんなことを考えていたとき、ギナが声をかけてくる。その声に視線をあげれば大きな建物がみえてきた。
「ガラス?」
「いや……確かもっと安価な素材だったはずだが……」
 何だったかな、と彼はそういうと思い出そうとするかのように首をひねる。
「アクリル、ですか?」
 そんな彼にキラは確認するように言葉を口にした。
「確かの。後で調べておこう」
 苦笑を浮かべながらギナがこう言ってくる。
「それよりも中はすごいぞ」
 そういうと彼はキラを抱きかかえた。
「歩け、ます……」
 反射的にキラはそう言う。
「我がこうしたいのよ」
 気にするな、と言われればそれ以上反論できない。自分がどんくさいことはキラだって自覚していたのだ。
「もう少し太っても良いな」
 何時ものこととはいえ十歳になるキラを軽々と抱き上げて行動できるのは、ギナがコーディネイターだからだろうか。そんなことを考えながら無機質な入り口を彼に抱き上げられたまま抜ける。
「うわぁ!」
 その瞬間、目の前に広がったのはプラントで見るとは思わなかった一面の緑だった。
 いや、それだけではない。
 その木々が薄桃色で染まっている。
「きれい」
 桜に似ているがサクラではない。いったい何の花だろうと思いながらキラはつぶやく。
「アーモンドの花よ」
 サクラの近隣種よな、と彼は続けた。だからよく似ているのか、とキラは納得する。
「……ギナ様」
「何だ?」
「もっと近くで、見たい、です」
 キラの言葉にギナは笑う。
「そうよの」
 少し考え込むようにギナは首をかしげる。
「かまわぬか」
 だが、すぐに彼は結論を出したのだろう。あっさりとこう言うと木に大股で歩み寄っていく。
「うわぁ」
 同時に花が咲いている枝が間近にみえる。
「……きれい」
 そうつぶやくとキラは枝に手を伸ばす。指先が鼻に触れようかと言うときだった。
「どうしてはいってはいけないんだ!」
 入り口の方から声が響いてくる。
 キラは思わず肩を縮こまらせてしまった。
「心配するでない」
 安心させるようにギナがキラの背を叩く。
「この時間は貸し切りにしておる。職員がうまく追い払ってくれよう」
 あぁ、だから人がいなかったんだ。キラはギナの言葉にうなずく。同時にいくらかかったのかと不安になった。
 ギナの顔を見上げれば彼は微笑んでいる。
「無理強いはしておらぬから安心せよ。ここの管理は元々オーブが請け負っておる故にな」
 それは知らなかった。
「他に、も……あるの、ですか?」
「いくつかの。まぁ、知らずとも良い」
 知られたくない施設なのか、とキラは納得する。ここもあるいは軍に関係のある施設なのかもしれない。それでも、これだけ美しいのであれば当然人目を集める。だから秘匿できなかったのではないか。
 そう考えていたときだ。
「キラ様?」
 良く通る声がキラの名を呼ぶ。反射的にキラは顔を上げた。その瞬間、周囲の花にも負けない艶やかな色が目に飛び込んでくる。
「……ラクス、さん?」
 確かそう言う名前だったと思うけど、と心の中でつぶやきながらキラは彼女の名を呼んだ。

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最遊釈厄伝