トリカエバヤ

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 その報告を受けた男は忌々しそうに眉をひそめた。
「記憶が戻ったと? 永久に戻らないはずではなかったのですか?」
 そのまま目の前の男に問いかける。その声に叱咤の響きが含まれていたとしても無理はないだろう。
「そのはずでしたが……」
 目の前の男は焦りながら口を開く。
「人間の脳にはまだ解明されていないことがありまして……今回のこともそのことが原因だと……」
 だが、その声は次第に小さくなっていった。そのことが男の怒りをさらにかき立てる。
「ご託はけっこう。問題は記憶の方です」
 いらいらが隠しきれない。それを自覚しながら男は口を開く。
「こちらの顔までは覚えていなかったとしても、何をされたかは覚えているでしょう。あれらを集めたときの手口もです」
 最悪、次を狙ったとしても同じ手段は使えないと言うことになる。今回の方法は非常に有効だっただけにそれは痛い、と続けた。
「せめてその記憶だけでも完全に消せればいいのでしょうが……何かの拍子に思い出すとあれば殺す以外になくなりますね」
 せっかく見つけ出した素材ですが、今後の脅威になるとすれば再利用をするわけにはいかない。言外にそう続ければ目の前の男は真っ青になる。
「それは……」
 困る、と男の顔に書いてあった。
 それはそうだろう。
 どれだけ手勢を失ったとしても取り戻したい。それを廃棄されるのは困る、と言いたいのだ。
 もっとも、それは自分も同じこと。
 あれほどの能力を持った素体は他にはいない。
 しかも、クローニングは不可と来た者だ。あれを手に入れて真っ先にクローニングを行ったにもかかわらず成功した者はいなかった。それどころか、人間として生まれた者もいない。
 その事実を知ったときのお偉方の表情を今でもはっきりと思い出せる。
 いったいどうすればあのような存在を作り出すことが可能だったのだろう。そちらの方が気に掛かる。
 しかし、だ。
 それを知っているであろう人物はすでにこの世にはいない。
 先代が追い詰めて追い詰めて追い詰めて殺してしまったからだ。それもあれを手放さなかったからだと聞いている。あれを作り出すための研究費は我々が出したのにもかかわらずだ。それでも、と思う。
「バカなことをしたものです」
 いかしておけば次のも作り出せたかもしれない。それでなくともあれにかけられているプロテクトを外すことも可能だったのではないか。
 何よりも、あれには片割れがいたのだという。
 同じ時に生まれた同じ両親を持ったナチュラルの子供。
 その子供がどうやって生まれたのか。そちらも知りたい。二人そろって観察できればどれだけ良かったか。
 しかし、今となってはそれは不可能だ。
 それらしき子供は見つけたが、アスハの養子になっていた。さすがにあの国を敵に回すことは今は不可能だと言っていいだろう。
「本当に……唯一無二の機会を壊してくれて」
 せっかくこちらの戦力を増長できる機会だったのに、と男はため息をつく。
 ひょっとしたらコーディネイターに対抗できるナチュラルを増やすことすら可能だったのではないか。
 今のところ、自分達が有利な点と言えば人数だけしかないのだ。それは身体能力の差だと言っていい。その差をもっと早く埋めることが出来たのではないかと思えば口惜しいとしか言いようがない。
 しかし、それを全部ダメにしてくれたのが自分の先代である。何度でも言うが自分の先代はバカだったとしか思えない。
 自分が怒り心頭になったとしてもおかしくはないだろう。
「……兎も角、そちらは放っておいても今はいいでしょう。問題はあちらの方です」
 巣穴にこもって出てこない。
 つついて追い出そうとしても、今までの所すべて失敗しているのだ。
 しかも、場所が場所だけにうかつに動くことも出来ない。
「さて、どうしましょうか」
 男のつぶやきに答える者はいなかった。

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最遊釈厄伝