トリカエバヤ
41
温かい腕が自分を抱きしめてくれる。
その腕の持ち主はいったい誰なのだろう。
知っているはずなのに思い出せない。
「思い出さなければいけないのに」
なにかが邪魔をする。
それがなんなのか。今の自分にはわからない。
ただ、それでも思い出さなければいけないのだ。そうでなければ前に進めない。わかっているのになぜ思い出せないのだろう。
思い出せないという事実が苦しい。
苦しくて苦しくて、それでもどうすることも出来ない。その事実が悔しくて涙が出た。
優しい手がそのたびになでてくれる。
自分はその感触を間違いなく覚えている。どこかで同じことをされたような気がするのだ。
それはいつのことなのか。
やはり思い出せない。
悔しくて悲しくて泣きわめいているうちにすべてが闇に包まれた。
肩を優しく揺すられて目が覚める。だが、まだ夢の中にいるようで現実味がない。
「キラ? どうしたのだ?」
ぼーっとしていればそう問いかけられた。
「ミナ、さま?」
なぜここに彼女がいるのだろう。そう思って首をかしげる。
「……どうして泣いておった?」
そう言いながら皆がキラの頬に触れてきた。その指先がなにかでぬれてしまう。
「僕……」
何で泣いていたんだろう。キラはそうつぶやく。
「……夢、を見た……から?」
「どんな夢だ?」
「……覚えていません……」
ミナの問いかけにキラは正直に答える。
「何か温かくて……でも思い出せないのが悔しかったような……そんな気がしたような?」
よくわかりません、とキラは続けた。
「よい。思い出せなくとも記憶は残っている。それがわかっただけで十分よ」
今は、とミナが微笑む。
「疲れておるだろう? もう一度眠るといい」
まだ日付が変わった時間だ、と彼女は頭をなでてくれる。
「また、夢を見たら……」
「余計なことを考えずに黙って甘えておればよい」
夢の中でならいくらでも甘えられよう。そう言ってミナが低い笑い声を立てた。
そうなのだろうか。
キラはそう考えて首をかしげる。しかし、ミナの手から伝わってくるぬくもりにキラの意識は眠りの中へと吸い込まれていった。
腕の中で眠ってしまったキラの体を皆は優しくベッドに横たえた。
「やはり思い出しているようだが……なにかが記憶に蓋をしていると言うことか」
ミナは小声でそうつぶやく。
「しかし……すべてを思い出したときお前はどうするのだろうな」
世界を憎むのか、それとも自分を恨むのか。いったいどちらだろう。
それでも、だ。
キラの性格から考えて世界を壊すところまではしないのではないか。誰とも関わらずにすむところに行って帰ってこない可能性の方が大きいだろう。
しかし、それは自分の望むことではない。
「皆と相談だな」
そうつぶやくと軽くキラの胸を叩く。
「ゆっくりと休むがいい」
そう言い残すと彼女は部屋を後にした。