トリカエバヤ

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 その後は穏やかな時間を過ごしてレイは帰っていった。キラが寂しそうにしていたのは別れに敏感だからだろう。
 まぁ、それに関しては心配していないが……とカナードは心の中でつぶやく。
 それよりも、とため息をついた。
「面倒くさいことになっているな」
 最高評議会議長がどうなろうとかまわない。問題はそれに巻き込まれた女性の方だ。
 レイから聞いた名前が確かであれば彼女は有名な植物学者でもあるはず。プラントとオーブが内密で進めているプロジェクトの関係者でもあると聞いている。
 その彼女が大けがを負ったというのであれば、例のプロジェクトの情報があちらに流れている可能性があると言うことだ。
「ミナ様達に相談か」
 すでに知っている可能性も否定できないが、とかあー度はため息をつく。
「どう、したの?」
 キッチンから戻ってきたキラが問いかけてきた。その両手には飲み物が入ったカップが二つ握られている。
「何でもない。今日の晩飯のメニューを考えていただけだ」
 キラに心配をかけるわけにはいかない。とっさにこう口にした。
「今日はなぁに?」
 ごまかされてくれたのか。キラが問いかけてくる。
「グラタンにしようかと思ったが……マカロニがない」
 買いに行くにしてもなぁ、とわざとらしくため気をつく。
「僕、おとなしく待ってるよ?」
 だから買いに行ってもいいとキラは言いたいのだろう。だが、今はゆっくりと考え事をしたい。
「父さんは……無理か。忙しいから、帰ってくるのは遅くなると言っていたし」
「……でも、グラタン、食べたい」
「ポテトグラタンなら出来るな。それでいいか?」
 ざっと今台所にある材料を思い浮かべてカナードは問いかける。
「いいよ。でも、次はマカロニグラタンね」
 その言葉にキラはこう言い返してきた。
「準備が出来ていればな」
 まぁ、あれこれ用意はしておこう。そうカナードは答える。
「……マカロニ……」
「買っておく。だから、勉強してこい」
 そう言われてキラはうなずく。そのまま飲み物が入ったカップを一つカナードに渡すと部屋へ戻っていく。
「食べ物のリクエストが出来るなら大丈夫か?」
 その後ろ姿を見ながらカナードはつぶやいた。

 ギナ達が戻ってきたのはキラが眠ってからのことだった。
「……なるほど。それでグラタンか」
 カナードからの説明で納得したのか。ミナが低い笑い声を漏らす。
「お前にしては可愛らしいメニューだと思ったよ」
 その言葉にカナードはため息で返す。
「とりあえずカロリーをとらせるには有効だな」
 今度はギナがこう言ってくる。
「でも、キラはマカロニグラタンの方が好きだったろう?」
 カズキが不思議そうに問いかけてきた。
「最近、誰かさんの帰りが遅くて買いに行けなかったんだよ」
 キラ一人でレイに対峙させるわけにいかないから、とそう言い返す。
「買ってこいっていったって帰りがこの時間じゃな」
 そう言ってカナードはため息をつく。
「すまなかった、って……でも、忙しかったんだから仕方がないだろう?」
「大人がそんな表情をしても可愛くない!」
 キラならばともかく、とカナードは付け加える。
「まぁ、もっと忙しくなってもらおう」
「……おい」
「例の計画の実行者が一人、事件に巻き込まれてるぞ」
 カナードがそう告げた瞬間、カズキの口から意味のない悲鳴がこぼれ落ちた。

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最遊釈厄伝