トリカエバヤ
37
レイはピアノを録音したデーターをお土産に持ってきてくれた。それをキラは早速パソコンに入れる。
「きれいな、音」
こういうことには詳しくないが、レイのピアノは好きだと思う。
キラは思わずそうつぶやく。
「ありがとうございます」
そのつぶやきを聞きつけたレイがうれしそうに微笑みながら言葉を返してくる。
「僕、レイの音、好きだよ」
優しいから、とキラは続けた。
「僕なんてまだまだです」
「レイほど優しい音の人、いないよ?」
きれいな音の人はいるけれど、と首をかしげながらキラは言う。だから、自分はレイの音が好きなのだ、と繰り返す。
「そこまでにしておいてやれ」
言葉と共に頭にぽんとカナードの手が置かれた。
「お前の言葉で真っ赤になっているぞ、そいつ」
彼の言葉にレイの顔をのぞき込む。両手で顔を覆っているが、指の間から除く肌は確かに紅くなっていた。
「……本当のこと、なのに……」
ダメなの? とキラはカナードに問いかける。
「褒めすぎるのもマイナスになることがあるんだよ」
そのせいで天狗になることはないようだが、と彼はレイを見ながら口にした。
「……今ひとつ、わからない……」
褒めることは悪いことなのだろうか。キラはそうつぶやく。
「悪くはありません……僕よりももっとうまい人もいるのにと思えば恥ずかしいだけです」
過剰な賞賛は、とレイが主張する。
「うれしいのは事実ですけど」
と続けた。
「技術なら、確かにうまい人はいるけど……音は違うよ?」
音はその人の心の表れだから、とキラは言い返す。
「だから、君の音は……君だけの、ものだよ」
その言葉にレイはしっかりとうなずく。
「……なら、もっといい音が出せるように頑張ります」
キラが好きだと言ってくれた音をよりよいものにするためにテクニックも磨く、とレイは言い切る。
「無理、しないでね?」
「わかっています」
キラの言葉にレイはきれいな笑みを浮かべた。
「ところで、あの爆発事件の時に死者はいなかったと聞いているが……けが人までは情報が来ていない。何かしらないか?」
ふっと思い出したというようにカナードはレイに問いかける。もちろん、最初からそのつもりだったのだが、それは気取らせない様にしたつもりだ。
「ほとんどが軽傷でしたが……お二人ほど重傷者がおられます」
その言葉にキラが眉根を寄せる。
「誰だ?」
「最高評議会議長殿と最高評議会議員の奥方です」
レイの言葉にカナードは目を見開く。と言うより、信じられなかったのだ。
「そのことをミナ様とギナ様は?」
「ご存じなのではないでしょうか」
奥方の方は気の毒だという気持ちしかわいてこない。
しかし最高評議会議長は違う。この男がキラの遺伝子をほしがっている者達の首魁なのだ。
その事実を知ればあの双子は高笑いをするだろう。あの男がいないだけで二人は過ごしやすくなるのだ。
だが、なぜかカナードは体を震わせた。
「……まさか」
サハクの双子が仕組んだのではないだろうか。ふっとそんな考えが浮かんでくる。
だが、すぐにその考えは捨てた。
ブルーコスモスから犯行声明が出ているのだ。あの二人はブルーコスモスを毛嫌いしている。手を結ぶようなことはないはずだ。
「犯人を探しに行ったか……」
そのまま確保をしてくれるならば──警備隊のメンツはつぶれるかもしれないが──被害は少ないだろう。
だが、これが殲滅だった場合、プラントの被害が心配だ。
「大丈夫、かな?」
不安そうにキラが問いかけてくる。
「大丈夫だろう」
一縷の望みを込めてそう言うしかないカナードだった。
「そうですよ、キラさん」
レイも内心でどう思っているかは別として微笑みながらそう言った。