トリカエバヤ
34
目を覚ましたとき、キラは夢の内容を覚えていなかった。
それでもなにかが足りないと思う。その事実に知らず知らずのうちに涙がこぼれ落ちる。
「僕……」
どうして泣いているのだろうか。それもわからない。
わからないのが悲しい。
悲しいのに、どうして悲しいのかが理解できないのだ。
「なんで?」
覚えていられないのか。
以前にも同じことがあったはずなのに。
「僕は……どうして忘れてしまうんだろう」
覚えていたいと思うのに、と付け加える。
カナードは『自分の心が壊れないように防衛機能が働いているだけだ』と言っていた。
だから全部忘れてしまったとも。
しかし本当にそうなのだろうか。
覚えていないからこそ疑問に思う。
しかし、それを確かめるすべがないのだ。
「……僕は……」
何を忘れているのだろう。そうつぶやく。?
だが、答えてくれる者は誰もいない。
小さくため息をつくときらは目を閉じる。
皆が教えてくれないのは自分が弱いからだ。もっと強くなれば教えてくれるのではないか。
そう考えながら腕で目を覆う。
キラは知らない。
その腕に寄り添うように二つの手がそっと触れていたことを……
「厄介なことになりました」
カズキが神妙な顔でこう報告をしてくる。
「何かあったのか?」
即座にミナが聞き返す。
「ブルーコスモスの実働隊がすでに潜入していると報告がありました」
その言葉に真っ先に反応を見せたのはギナだ。
「何をしておるのだ、この国の入国管理官は」
キラのDNAデーターをほしがってあれこれするよりもそちらの方が重要だろう、と彼はつぶやく。
「確かにの。つまらぬことに気をとられて本質を見失っては意味がない」
己にとって一番大切なものはなにか。それを忘れてはいけない。ミナもそう言ってギナに同意する。
自分の家に危険なネズミが紛れ込むのを見逃すのは普通はあり得ない。
見逃すとすれば他のことに気をとられていたからだろう。
つまり、キラとカナードに固執していたが故にもっと重大なことを見逃してしまったのだ。
「それをあちらは知っているのですか?」
カナードは一番気になっていたことを問いかける。
「上司が連絡しているはずだが?」
もっとも、どこまで話が行っているかは疑問だが……とカズキは続けた。
「こちらにそれは関係ないしね」
勝手に動くだけだ、と彼は言葉を重ねる。
「なんと言っても、メンバーの中にあの時逃がした奴がいるらしい」
「それは真か!」
ギナの瞳がいきなり輝き出す。
「ギナ。ここはオーブではないのだぞ?」
「そうは言うが姉上。あの時の恨み、ここで晴らしてやりたいが?」
キラを傷つけられたことはもちろん、自分達の追跡からまんまと逃れたことも含めて、だ。ギナは言外にそう告げる。
「その気持ちはわかるが……調整をする方の身にもなれ」
お前が穏便に事を運んだことはない、とミナが言いきった。
「……出来れば、ここは壊さないでほしいです」
キラのためにも、とカナードも言う。
「さすがに外壁までは壊さぬぞ?」
「その言葉が信じられぬからの苦言であろう」
ミナの言葉にその場にいたギナ以外のものが大きくうなずいて見せた。