トリカエバヤ
31
「カナー、ド兄、さん?」
どうかしたの? とキラはまだぼんやりとした意識で問いかける。
「何でもない」
カナードはそういうとキラの頭をなでた。
「それよりも眠いなら寝ていていいぞ」
彼の言葉にうなずきたくなる。しかし、と思い直した。
「おき、る」
そういうと体を起こそうとする。しかし、なぜか動けない。
どうして、と心の中でつぶやく。
「疲れが出たんだろう」
苦笑と共にカナードはそう言った。
「……僕……」
「コーディネーターは病気にかかりにくいしストレスにも強い。だからといって体調を崩さないわけではないんだぞ」
そして、と彼は真顔で続ける。
「崩れたら一気に最悪の状況になる。お前は一度そう言う状況になっているんだ」
覚えていないかもしれないが、と言われてキラは思い出す。熱く苦しくてそれなの寒気が抜けなかったあの日々を。
夢だとばかり思っていたが、あれは現実だったのだろうか。
そうだとするならば、あの……と考えたところで強い頭痛が襲ってくる。
「……いた……」
反射的に頭を抱えてうずくまった。
「ほら、無理をするな。ゆっくり寝ていろ」
そういうと彼は強引にキラの体を横にする。そして目の上に手を当てた。
「眠れなくても目をつぶっていろ」
いいな、と続ければキラは小さくうなずく。そのまま言われたとおりに目を閉じた。
不思議と、そうすれば眠気が襲ってくる。
「いい子だ。そのまま目をつぶっていな」
明日の朝には良くなっているだろう。その言葉を最後にキラの意識は優しい闇へと包まれた。
しばらくすればキラの寝息が耳に届く。
その事実にカナードはほっと安堵のため息をつく。
「やはり知らない人間に会ったからか?」
キラにとって見知らぬ人間は敵なのだろうか、とそう付け加える。
「確認してみなければわからないが……な」
そう続けながらカナードはキラの手を毛布の中に入れた。
「ゆっくりお休み」
軽く毛布を叩くときびすを返す。そして、そのまま部屋を出た。
「さて……何があったか確認しないと」
まっすぐにリビングへと向かう。しかし、そこに広がっていた光景にその決意も霧散しそうになる。
「何をやっているんですか!」
相手の身分も何のそのと目の前の三人を怒鳴りつけた。
「……酒盛り?」
へらりとカズキが笑う。
「俺が聞きたいのはどうしてそうなったのかと言うことだ」
さっさと白状をしろ、とカズキの胸ぐらをつかむ。
「ちょっといい酒を見つけたからな。味見のために買ってきたんだが……ギナ様に見つかって」
味見がてら口をつけたらそのまま酒盛りに発展した、とカズキは言う。
「そうなんですか?」
視線をギナへと向けると問いかける。
「まぁ、そんなところよ」
ごまかす手段はないと判断したのか。ギナがうなずいている。
「気に入らぬ奴とあったからの。憂さ晴らしよ」
ミナはミナでこう言い切った。
「……そいつと出会ったとき、キラも一緒でしたか?」
「残念だがの。とっさにあの子を隠したが、あちらはしつこくての」
だからといって無視できる相手ではなかった。ミナは忌々しそうにそう続ける。
「まったく……我らにおもねるぐらいなら現状を打破する方法を考えるがいい」
さらに言葉を重ねると手酌でグラスに酒をつぐ。そして、一息に飲み下した。
「……そのせいでキラが熱を出したかもしれないですね」
カナードはため息交じりにこう告げる。それがまた騒動の種になるとは本人は少しも考えていなかった。