トリカエバヤ
26
「さて……少し出かけようかの」
言葉とともにミナはキラを抱き上げる。
「ミナ様?」
「古い知り合いに会いにな。お前も連れてきてほしいと言われただけよ」
その言葉に一瞬だけ体をこわばらせた。知らない人間に会うのは怖いと思ったからだ。
しかし、ミナが自分に危害を加えるような人間と会わせるはずがない、とすぐに思い直す。
「大丈夫?」
その人は、とキラは問いかけた。
「あぁ。お前に危害を加えるような人間に合わせるはずがないだろう?」
プラントに来てから出会った人間があれだから不安だろうが、あいつはそういう人間ではない。そう言ってミナは微笑む。
「……いや、待てよ」
だが、、すぐに表情を変えるとそうつぶやく。
「あれはかわいいものが大好きだったな」
そして、キラはかわいい。つまり、あれの自制心がどこまで持つかの問題か。眉根を寄せながら彼女はそう付け加える。
「……ミナ様?」
その瞬間、キラの中で不安がふくれあがった。
「大丈夫だ。何が起きようと我が守る故」
無体なことはされぬはずだしな、と彼女は続ける。
「お前は黙って我の側におれば良い」
そう言われても不安が消えないのは、自分がその人物について何も知らないからだろうか。
それとも、とキラは首をかしげる。
「そば、にいてください」
それが一番無難だ、とキラはミナを見上げながら口にした。
「もちろんよ」
安心せよ、と彼女は微笑む。
「と言うことで行くぞ」
キラを抱き上げたままミナは歩き出す。
「僕、歩け……ま、す」
「気にするでない。我が抱いて歩きたいだけよ」
キラの言葉にミナがこう言い返してきた。その間も彼女はキラを降ろそうとはしない。
これは諦めた方がいいだろう。
小さくため息をつくとキラは体から力を抜いた。
ミナが向かったのは誰かの屋敷ではないらしい。おそらく喫茶店だろう。品のいい内装の隠れ家的な店だった。すべて個室なのか。案内されたのはその中の一室である。
そこに女性が一人待っていた。彼女はミナの顔を見るとふわりと微笑む。
「こうして直に顔を合わせるのは久しぶりね」
そしてこう告げた。
「確かにの」
なかなかこちらまで足を運べぬ、とミナはうなずく。
「仕方がないわね」
あなたには貴方の仕事があるのだから、と口にしながら女性はミナに座るよう促す。それにうなずくとミナはまずキラをそっとソファーの上に座らせた。
「かわいい子ね。この子が噂の?」
「そうよ。我らの愛し子よ」
かわいいであろう、と微笑みながらミナがキラの髪をなでてくる。
「本当ね」
目の前の女性も一瞬手を伸ばしかけて止めた。キラが他人に触れられることを怖がっていることをミナから聞いているからかもしれない。
「……ミナ様?」
誰、と言外にキラは問いかける。
「ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね」
彼女はそう言って微笑む。
「アイリーン、アイリーン・カナーバと言うの。よろしくね、小さな可愛い子ちゃん」
そう告げた瞬間、ミナがため息をつく。
「おぬしはまだ、その病気が治っておらなんだか」
「治るわけないでしょう? 自分の子供を抱けないかもしれないのに」
「だから婚姻統制か……それに我らを巻き込まんで欲しいものよ」
ため息とともにミナが言う。
「やっぱり、上の混乱はそのせいなのね」
貴方がなにかをやらかしたのでしょう、とアイリーンが言い返す。
「ミナ様……」
「当然のことよ。状況次第でお前が時代の《サハク》になるやもしれん。そのための教育は受けておるだろう?」
それはそうだがと思いながらキラはうなずいた。
「そんなお前を取り上げようとするものはただではおかぬ。そういうことよ」
それよりも自己紹介を、とミナが続ける。
「すみません。僕はキラ・バルスです」
慌ててそう言えばアイリーンが「可愛い」と身もだえしていた。