トリカエバヤ

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  20  



 室内にはレイのピアノが流れている。ニコルの腕前は知らないがかなりのものだ、とカナードは考えていた。
 ラウの隣でキラは紅茶に口をつけている。
 自業自得とは言えちょっと落ち込む。
「キラ……こちらもおいしいよ」
 その空気に耐えかねたのか──単に面白がっているのか。ラウがそう言ってキラにクッキーを差し出している。キラはそれを受け取ると小さくかじった。
「お、いしい……」
 そして一言こうつぶやく。
「だろう?」
 こちらもおいしいよ、とラウは微笑む。それにキラがうなずいている。その事実が無性にしゃくに障った。
 自分が悪いと言うことはわかっている。それでも気に入らないのだ。
「レイ、く、んも……食べ、よ?」
 一人でピアノを弾いていては疎外感を感じるだろう。だから、とキラはたどたどしい口調で告げる。
「ですが……」
 手を止めることなくレイが言葉を口にしようとした。だが、うまくまとまらないのかすぐに口ごもってしまう。
「レイ、キラがこう言っているのだからかまわないよ」
 キラの言葉にラウが口添えしたことでようやくレイは納得する。
「わかりました」
 そう言うとピアノの鍵盤蓋を閉めるとレイは立ち上がった。そして当然のようにキラの隣に座る。
 その瞬間、キラが体をこわばらせたのをカナードは見逃さない。
「キラが緊張している。場所を移れ」
 カナードの言葉にレイはキラへと視線を向ける。
「仕方がないですね」
 ため息とともにレイは別のソファーへと移った。それだけでキラが安堵のため息をつくのが見える。
「本当に君はキラのことをよく見ている」
 苦笑交じりにラウがそう言ってきた。
「当たり前です」
 むっとしてカナードは言い返す。
「俺はキラの兄だから。兄は下をしっかりと見ているものでしょう?」
 いやがられようと、とそう続ける。
「確かにそうだね」
 ラウもそう言ってうなずく。
「甘やかすだけではダメと言うことだね」
 勉強になるよ、とラウは口にする。
 その隣でキラがきゅっと拳を握った。
「キラ?」
 どうした、と出来るだけ優しい口調で問いかける。
「……ごめん、なさい……」
 そうすれば小さな声で謝罪をしてきた。
「何で謝るんだ?」
「こわが、った……から」
「気にするな。大声を出した俺が悪い」
 言葉を返すとともに手を伸ばしてキラの髪をなでる。
「お前はまずそのトラウマをなんとかすることだけを考えろ」
 悪化したのは間違いなくあいつらのせいだが、と心の中だけで付け加えた。
「なるほど……それに関しては私の方から評議会にもう一度、しっかりと伝えておこう」
 ニヤリ、と話を聞いていたラウが笑う。
「彼らには一度、自分達がしたことに関してきっちりと認識してもらわないといけないからね」
 その表情が微妙に怖い。しかし、それをキラに見せないだけの自覚があるのならばかまわないか。そう心の中でつぶやくカナードだった。


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最遊釈厄伝