トリカエバヤ

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 カナードの腕の中でキラは眠ってしまったらしい。目が覚めたときにはすでに夕食の時間だった。
「……寝て、た?」
 確認のためにカナードに問いかける。
「興奮していたんだろう。あまりにも気持ちよさそうだったから起こせなかった」
 そう言うと彼はキラの髪の毛をなでてくれた。その感触にキラは笑う。だが、すぐにあることに気がついた。
「お、父さん、は?」
 カズキが席にいなかったのだ。
「挨拶に行っている」
「……挨拶?」
 知り合いでも乗っていたの、とキラは視線だけでカナードに問いかけた。
「あちらでの仕事で関わる人々だ」
 カナードは一言こう告げる。
「お前は気にすることはない。事実、父さんは俺たちが戻ってくるのを待たずに挨拶に行ったからな」
 そう言われてキラはとりあえず納得した。自分がその手のことを何も知らないとわかっているからだ。
「それよりも、夕食は何にする?」
 ビーフとチキンを選べるが、と彼は話題をそらすように口にした。
「……お肉は……嫌い……」
 わがままかもしれないがどうしても食べられないのだ。
「ミルクは大丈夫だよな? 卵と魚も」
 カナードがそう問いかけてくる。それにキラはうなずくことで答えた。
「そうか。ならフィッシュメニューを頼むか」
「見てるだけなら、大丈夫」
 カナードが自分に付き合って肉を食べないとしたら申し訳ないから、と思ってそう付け加える。
「そうか?」
 本当に、とカナードが視線を向けてきた。
「大丈夫。だから、好きなの、食べて」
 念を押すようにさらに言葉を重ねる。
「わかった」
 うなずくとカナードは手元の端末で何かを打ち込んだ。おそらく夕食のセレクトだろう。
「お、父さん、の分は?」
 そのとき打ち込んだのが二人分だけだった。その事実にキラは問いかける。
「あちらで食べるか、後で食べると言っていた」
「……大変、だね」 「やりたくてなった仕事らしいぞ。だから覚悟の上だろうよ」
 多少の苦労は覚悟の上だろう。そう告げるカナードの瞳が楽しげに輝いていたことをキラは見逃さなかった。

「では、これで」
 カズキはそう言って立ち去ろうとする。
「……そういえばお嬢さんを引き取られたそうだな」
 それを押しとどめるように彼がそう告げた。
「本土においておきたくないということで頼まれました」
 まだそちらにいる方が安全だろう、と付け加える。その意味がわからない彼らではないだろう。
「何かの事件の被害者かね?」
「……えぇ」
 どうやら彼らはある程度の事情をつかんでいるらしい。もっとも、それは当然のことだろう。いくらサハクが囲い込もうと人の口に戸は立てられないのだ。
「例の件の被害者です。サハクの関係者で、しかも本人は記憶を失っている。ですから、うちで引き取りました」
 ご両親もそのときに亡くしている、と言外に付け加える。
「あの子のしゃべり方も?」
「記憶はなくても恐怖の感情は覚えているようです」
 何かひどいことを言われたのだろう。最初は声を出すことも出来なかった、と続ける。
 あれでもだいぶ流暢に話せるようになったのだ。
 キラは覚えていないだろうが、あの事件以降で初めてあの子を見かけたときは単語を口にするだけで精一杯だった。
 その事実を目の当たりにしたとき感じた衝撃は筆舌に尽くし難い。
「ですから、プラントではのんびりと過ごさせるつもりです」
 そのくらいは可能だろう。言外にそう付け加える。
「わかった。我々も気をつけておこう」
 その言葉にカズキは頭を下げた。

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最遊釈厄伝