トリカエバヤ
10
展望室は予想よりも広かった。
「……広い……」
「このシャトルにはけっこう偉い人も乗るらしいからな。それでだろう」
ほら、もう少しぎりぎりまで行くぞ。そう付け加えるとカナードはキラを引っ張って窓の所まで行く。
「きれい、だね」
目の前に広がる星空にキラはそうつぶやく。
「あぁ、そうだな」
本気でそう思っているのか。それとも適当に相づちを打っているだけなのか。カナードはそう告げる。
「あれが火星?」
「いや。火星はここから見えない。あれは……たぶん、小惑星だな」
あの大きさなら、とカナードは言う。
「大きい、よ?」
「距離が近いからそう見えるだけだ」
それに、とカナードは微笑む。
「宇宙にある目に見えるものは大概大きい。だが、それよりも怖いのは目に見えないものだ」
目に見えないくらい小さいものは避けられない。それが万が一にでも船体にぶつかれば船体が大きな損傷を受ける。場所によっては乗っている乗客に危険が及ぶだろう。カナードの説明にキラはうなずく。
キラの反応に満足したのか。カナードが優しくなでてくれた。
「……でも、シールド張ってる、よね?」
大概のシャトルは、と問いかける。
「そのシールドが感知できないくらい細かいのがあるんだ」
本当に細かいものはせいぜい船体に傷をつければいい方だろう。だが、たまに当たればまずいものがある。それを引き当てた場合が怖い、と彼は続けた。
「きれい、なだけじゃ……ないの、ね」
宇宙というのは海と同じだ。板一枚下は地獄が待っている。もっとも、今の科学力なら海よりも宇宙の方が怖いのだろうか。
「それについては後で教えてやる」
カナードはそう言うと視線を背後の柱へと向けた。
「そこにいる奴。ぶしつけな視線を向けるのはやめろ」
キラの体を引き寄せながら彼はそう口にする。
「……ごめんなさい。そんなつもりはなかったのですが」
そう言ったのは薄緑色の髪をした少年だ。キラよりも年下だろう。
「お話を聞いていていろいろと勉強になったものですから」
微笑みながらそう言ってきたのは桃色の髪をした少女だ。不思議と人目を引きつける。
「キラ。席に戻るぞ」
そのまま彼はその場を離れるべく床を蹴ろうとした。
「待っていただけませんか?」
桃色の髪の少女がそう言って来る。
「わたくしはラクスと言います。ラクス・クライン」
それを無視しようとしたカナードだが。彼女の名乗った家名に聞き覚えがあったらしい。
「クラインというとあのクラインか?」
足を止めるとそう聞き返す。
「はい。シーゲル・クラインはわたくしの父です」
「そうか。覚えておこう」
キラには意味がわからないが、カナードには理解できたらしい。こう言い返すと今度こそその場を離れる。
「……カナード、兄さん?」
そんな彼にそっと呼びかけた。
「後で説明をしてやる」
詳しいことは、と彼がささやいてくる。
「プラントで暮らすには必要な知識だからな」
そうなのか、とキラは素直にうなずく。同時に以前の自分なら知っていたことなのかと思う。
忘れてしまった記憶の中にどれだけのものを置いてきてしまったのだろうか。今更ながらその事実に哀しみを覚えた。