トリカエバヤ
06
「キラ」
ため息とともにギナは口を開く。
「頼むから怖がらないでくれぬか?」
さすがに悲しい、と続ける。
「……おこら、ない?」
それにカーテンの影からキラがこう問いかけてきた。
「何を怒るというのだ?」
意味がわからないと言うようにギナが首をひねる。
「おぬしに悪いところなどないだろう?」
そのままこう口にした。
「怖い人が、そう言ってた」
お前達は生まれてくるべきではなかった。だが、生まれてきてしまった以上、仕方がない。自分達の役に立て、と。
「……それは違うぞ、キラ」
必死に怒りを押し殺しながらギナは口にする。
「我らはともに手を携えて前に進むために生まれたのだ。我々コーディネイターがナチュラルよりも優れた身体能力を与えられているのはナチュラルに出来ない仕事をするためよ」
決して生まれてきたことは間違っておらぬ。そう続ける。
「あやつらの方が間違っておるのだ。だから忘れて良い」
むしろ早々に忘れるがいい、と言葉を重ねた。
「お前には楽しいことやうれしいことだけ覚えていてほしいのだが……ままならぬものよ」
ため息交じりにそう告げる。
「……怖く、ない?」
そんな彼の様子をどう思ったのか。キラがおずおずとカーテンの影から出てくる。もっとも、すぐに戻れるようにまだそのそばにいたが。
「我が怖いのであれば姉上も怖いのか?」
我らは同じものだぞ、とキラに問いかける。
そのセリフにキラは首をかしげた。
「同じ、じゃ、ないよ?」
そしてこう言い返してくる。
「でも、大きな声は、怖い……」
びくっとなる、とキラは続けた。
「そうか」
ではゆっくり動けばいいか……とギナは心の中でつぶやく。
「ならばお前から来るがいい」
ほら、とギナは両腕を広げる。それにキラは少し考えるように機微をかしげた。
だが、すぐおそるおそるカーテンの影から出てくる。そのまままっすぐギナへと歩み寄ってきた。
それでもぎりぎり手の届かないところで足を止める。
「キラ?」
おいで、と微笑みを浮かべた。
同時にこの子は人慣れしていない野良猫のようだと思う。
以前のキラはこうして両腕を広げれば無条件で飛び込んできたのだ。
だが、本当のキラの性格はこちらだったのかもしれない。ふっとそんな考えが心の中をよぎっていく。何時も見ていたあの姿は生まれたときからかわいがっていたからなのだろう。
そんなことを考えながらギナは辛抱強く待つ。
ようやく怖くないと判断してくれたのか。それでもキラはじりじりとした早さでギナへと近づいてくる。
ここで脅かせば二度とキラは自分に抱きついてきてくれなくなるだろう。
そう考えていればようやくきらが手を伸ばせば触れられる距離まで来てくれる。
キラがそうっと手を伸ばしてギナの服に触れた。
そこで抱きしめないでさらに待つ。
ようやく安心したのか。キラはギナへと抱きついてきた。それを確認してその体を膝の上へと座らせた。膝の上でキラは緊張で体を固めている。
「よい子だな」
そう言ってギナはキラの髪をなでた。それでもキラの体から緊張が抜けることはない。
だが、今はこれでいいと自分に言い聞かせる。慣れてくれるまで我慢すればいいだけのことだ。
「いい子?」
「そうよ。お前はいい子だ」
安心して良い、と続ける。
「僕は……いい子……」
「そうだ。だから、下らぬ言葉に惑わされるでない」
良いな、と言葉を重ねればキラは小さくうなずいて見せた。