トリカエバヤ
05
「キラが記憶喪失?」
ミナからの報告に誰もが信じられないと言う表情を作る。
「医師の話では衝撃と恐怖で記憶に蓋をしたのだろうと」
目の前で育ての親を殺されたこと。そして、あそこで与えられた恐怖。
それらを思い出せな心が壊れる。だから、自衛のためにすべてを忘れることにしたのではないか。それが医師の下した診察だ。
「いつかは記憶が戻るかもしれぬ。それまではそうっとしておくしかないだろう」
都合がいいと言えばいいと言えるかもしれないが、とミナはため息をつく。
「だが、問題がないわけではない」
その一言にうなずく者と首をひねる者の二種類の反応に分かれた。
「カガリよ。あれがキラが記憶喪失という事実におとなしくしていられると思うか?」
キラのためと言いつつあれこれ余計なことを言い出しかねんぞ。最悪、キラの記憶を刺激して発狂させかねん。ミナはそう続ける。
「確かにその可能性の方が高いな」
そう言ってうなずいたのはムウだ。
「あの子にはそう言う心の機微を教えておきたいところだが、残念なことに時間がない」
ため息交じりにラウが告げる。
「あぁ、いつまでも休暇と言っていられないからな」
今回だってキラのことがあったから強引に口実を作って戻ってきたのに、とムウも頷く。
「そこまでお前達に迷惑をかけるつもりはない」
ウズミがこめかみを押さえながら言葉を口にした。
「あれの親は私だ。責任をとって最低限のしつけだけはしておく」
「最低限なのか?」
「それ以上であれば最初からぶち切れて飛び出しかねん」
最低限のしつけとキラの状況を認識させるところまでが抑えておける最低限だ。そう続ける。
「であろうな」
ギナがうなずいていた。
「いったいどれだけの時間を稼げるか……それとも、いっそキラをあれの手の届かぬ所に連れていくか。義父殿、どちらが良いかの」
ギナがそう言ってサハク当主に問いかける。
「当面はアメノミハシラでかまわないだろう。もっとも、早めに場所を移した方がいいと思うが……」
どこがいいだろうか。彼もこうつぶやくと考え込む。
「……私があちらに戻るときに一緒に連れて行きましょうか?」
ラウがそう告げる。
「あちらにはカナードもおります。キラとカナードはよく似ていますから連れて行っても何も言われないでしょう」
むしろ、けがで治療していたと言えば同情を集めるのではないか。
「カナードの養い親はプラントとの折衝役だったな」
確かに口実としてはこれ以上ないだろう。
「とりあえずこの方向で進めておくか」
もっとも、とウズミは続ける。
「キラの状態を最優先にするべきだろうが」
肉親としては、と彼は続けた。
「そうだな。我らにはキラよりも優先しておかなければならないものがある」
残念だが、とサハクの当主もうなずく。
「だから、お前達が気をつけてやるが良い。今のお前達ならばそこまで責任を負わずとも良い」
優先したいものを優先すればいい。その言葉にミナ達はうなずいた。
「どうしてキラに会いに行っちゃダメなんだ!」
カガリはそう言って乳母であるマーナを見上げる。
「お医者様の許可が出ていないからです」
その視線を真っ正面から受けるとマーナはきっぱりとそう言いきった。
「キラ様のご容態がわからない以上、危険はおかせません」
「でも!」
「デモもあさってもありません。キラ様の容態を一番ご存じなのはお医者様です。ですから、お医者様の許可がない限りキラ様には会いに行けません」
第一、と彼女はさらに言葉を重ねる。
「キラ様にうかつな人間をあわせるわけにはいきませんから、許可のある人間以外は面会謝絶になっております。ですから足を運ばれてもカガリ様はお会いになれませんよ」
ウズミ様から面会の許可が下りていないだろう。その言葉にカガリはショックを受けた。
「何で……」
「今までのご自分の行動を振り返ればおわかりになりますよ」
そう言われてもすぐには思い浮かばない。どれもこれも普通の行動だったはずだ。
「まずはウズミ様にご相談なさることですね」
それまでは何があろうと屋敷から出さない。そう言いきるマーナにカガリは恨めしそうな視線を向けた。