トリカエバヤ
03
ベッドのそばにいすを引き寄せながらギナはキラの顔を見つめていた。
ドアが少しだけ開く。
「まだ、目覚めないのか?」
誰がと思う前にこう問いかけてくる声が耳に届いた。
「カガリか」
本人なりに気を遣っているのだろう。声は潜められている。しかし、誰かの気配が悪化させるとは考えていないようだ。
「とりあえず廊下で話そう」
本当はキラから目を離したくはない。
だが、カガリを放置するわけにもいかない。
仕方がなく病室を出て状況を確認できる廊下に移動したのだ。
「それで、キラは!」
即座にカガリが問いかけてくる。
「少しは静かにせぬか」
呆れたようにギナは言葉を返す。
「絶対安静と言われておろう。それには『静かにせよ』と言う意味もあるのだが?」
今の自分の声が静かだと思っておるのか、とさらに問いかける。
「静かにしているつもりだけど……」
「つもりではダメよ。ささやき声ぐらいでなければな」
これでキラの状態が悪くなったらどうするつもりだ。そうつげればカガリは表情をこわばらせる。
「おぬしがあれを心配しておるのがわ狩っておる。だが、なぜ、おぬしに面会を許可しなかったのか。その理由を考えなかったとなればまだまだよ」
二度とあわせられぬと言われるかもしれない。そう告げればカガリの表情はどんどん悪くなる。
「とりあえず、あれはまだ目覚めておらん。体の方は良くなっておるが、精神的にどうかはまだ判断できぬ」
目が覚めない以上、判断も難しい。それだけ告げておく。
「わかったなら戻れ」
そう言ってもカガリは動こうとはしない。手をぎゅっと握りしめたまま、そこにたたずんでいる。
「カガリ」
「キラの目が覚めるかもしれない」
だから、と言葉を続けようとした。
「ダメだ」
それに被せるようにギナは言い切る。
「おぬしがいてもなんの役にも立たぬ。むしろ邪魔よ」
だから戻れ、と続けた。
「邪魔って!」
それを聞いた瞬間、カガリが激高する。その感情のまま詰め寄ってきた。
「それ。その態度よ。医師に自分の意に沿わぬことを言われれば同じように叫ぶであろう?」
キラに影響が出るとわかっていても、おぬしはやめられまい。だから『邪魔だ』と言っているのだ。淡々とした声音でそう告げる。
カガリも自分の性格ぐらいは自覚していたのだろう。それ以上何も言えないらしい。
「キラが目覚めたら連絡する故、早々に戻るが良い」
ここには来なかったことにしておく。そう続けたのは他のもの達からカガリが怒られないようにするためだ。
「……はい……」
悔しさを隠しきれない声音でカガリはそう告げる。
「では、気をつけて戻れ」
こう言い残すとギナはきびすを返す。そして病室へと戻る。その背後でカガリが暫く動かなかったようだ。しかし、ここで甘い顔をしてはカガリのためにならない、と判断をしてドアをロックする。
もちろん、それがいけないことだとはわかっていた。
「あれがいなくなったら開ければ良かろう」
問題はカガリが素直に戻るかどうかだ。ギナはそうつぶやく。
「一応、姉者には連絡しておくか」
そうつぶやくと端末を取り出す。医療機器に支障はないとわかっていてもドアの近くで入力してしまうのはやはり不安だからだろうか。
出来るだけ手短に入力すると送信ボタンを押す。
送信できたことを確認して端末をしまう。そしてキラのそばへと歩み寄った。
「早う目を覚ませ」
手を伸ばしてキラのほおに触れる。そこにあるぬくもりが生きているというただ一つの証拠だった。