天秤の右腕
62
一仕事終えてムウは小さくため息をつく。
「まったく……何でこんなに忙しいんだか」
責任を押しつけられるのがいやで逃げ出してきたようなものなのに、とまた一つため息をついた。
「第一、俺は書類仕事は苦手なんだってぇの」
そう言いながら目の前の書類を裁可の箱に入れる。
「理由は想像がつくが……でもなぁ……」
これは体よく仕事を押しつけられたのではないか。そうつぶやくとため息をついた。
「やめだ、やめだ!」
このままでは進むものも進まない、と口にしながらムウは立ち上がる。
「気分転換にコーヒーでも入れるか」
ぐいっと背伸びをしながらそう口にした。
「ここから出られないのは我慢するが、部屋の中に押し込められ続けられるのはごめんだな」
部屋の外へと向かいながらさらにつぶやく。自分でも独り言が増えているとわかってはいるが、話す相手がいない以上仕方がないと割り切ることにした。
だから、このくらいは目こぼし願いたいものだ。そう付け加える。
「なんじゃ? 仕事は終わったのか?」
廊下に出た瞬間、ギナと顔を合わせることになった。
「まだだよ。気分転換にコーヒーを取りに行くところだ」
「なるほどの。ならば付き合おう」
ムウの言葉にギナはそう告げる。
「いいのか?」
「かまわんって。我も姉上に『不要』と言われて戻ってきた故」
「あぁ……」
なんか想像がつくぞ、とムウは胸の中だけでつぶやく。
「お疲れ様、だな」
「姉上よりはマシよ」
義父殿の後ろに立ってあれこれとしなければいけない。もっとも、それはカガリも同じだが、とギナは笑う。
「我は身内以外どうでも良いからな」
無条件で守るのは姉とキラ。おまけでお前らと義父殿よ、と彼は付け加えた。
「そうか」
ギナの場合、それが最大の好意の表れだろう。それはわかっている。
「キラが無事なら、それでいいけどな」
苦笑とともにそう言い返す。
「それにしても、もう少し俺に優しくしてくれてもいいのよ? 幼なじみなんだし」
だから自分はギナに関してはため口でも許されているのだ。
「お前は踏みつければ踏みつけるほど強くなるからな」
「ひでぇ」
「だが、おかげであちらの動きがよくわかったぞ」
まさか佐官にまで昇進するとは思わなかった。そう言われて少しむっとする。
「死ななければそれくらい行くんだよ」
自分はたまたま生き残っただけだ、とムウは言い返す。
「それが難しいのはお前が一番よく知っておろう」
それはお前の努力の結果であろう、とギナは言う。
「個人的にはもっと早く呼び戻して欲しかったがねぇ」
「お前の流してくる情報が有効だったからに決まっておるだろう」
「……おかげで余計な荷物まで来たけどな」
「あれらはあれらで有能よ。今はモルゲンレーテで働いておる」
「それはそれは」
こんな会話を交わしながら談話室へと向かう。
気の置けない相手とはこういうことを言うのだろうか。
自分に近い存在は一人いる。しかし、長い時間離れて暮らしているから気を遣うのは目に見えている。
何より、あいつとは一時的とはいえ敵陣営だったからなおさらだろう。
「そういえば……我はまた暫くプラントに行くぞ」
ふっと思い出したようにギナが言ってくる。
「……バカが最後に何か仕掛けてくると思っているのか?」
「可能性は否定できまい?」
「確かにな。俺がコーディネイターなら一緒に行きたいところだが」
「それだからこそ、お前を地球軍に放り込めたのだがな」
今回は諦めろ。その言葉にムウは「わかっている」と言い返した。