天秤の右腕
61
いい加減、諦めればいいのに。
カガリは自分に近づこうとあがいている男を見つめながら心の中でそう吐き出す。
「お前には心に決めた女性が二人もいたのではないか?」
ともかくなんとかしなければ、とこう口にする。
「私などよりも素晴らしい女性だと言っていたと報告が来ているが間違っているのか?」
さらにそう続けた。
「それは……」
カガリの言葉を聞いた瞬間、バカ──ユウナは言葉に詰まっている。しかし、そこで諦めるはずがない。
「僕はだまされていたんだ!」
即座に自己弁護を始める。
「あの二人は僕を傀儡にして利用しようとしていたんだ!」
「だから?」
冷たい視線をカガリは向けた。
「それでもお前は喜んでいたろう? 何の疑いもなく」
違うのか、とそう続ける。
「……それはそうだけど……」
「なら自業自得だな」
普通は疑うものだ。それを鼻の下を伸ばしていたのはお前だろう。カガリはそう言い捨てる。
「自分でまいた種だ。自分でなんとかするんだな」
大西洋連合のことも含めて、と付け加えた。
「君は僕がどうなってもいいというのか!」
「私には関係のないことだからな」
すべてはセイランの自業自得だろう。そう言いきる。
「カガリ。何をしている?」
そこにミナの声が響く。その瞬間、ユウナは挙動不審になるがカガリは気にする様子を見せない。
「申し訳ありません。彼の話を聞いていたので」
歩み寄ってくるミナにカガリはそう答える。
「……呼び止められたか。用事は?」
「終わりました」
少なくとも自分は聞く耳を持つつもりはない、と言外にカガリは告げた。
「終わってないよ!」
「それはお前だけだろう? 自分は悪くないというなら自力でなんとかしろ」
呆れた、とつぶやきながらカガリはユウナから視線をそらす。
「そう言わずに……」
お願いだから、とユウナはまたカガリにすがりつこうとした。
「行くぞ」
それを無視してミナが口を開く。
「そこのバカは放っておけ」
「はい、ミナ様」
カガリもそう言ってうなずく。
「自分のことは自分でせよ。赤子ではないのだ。尻ぬぐいを他人に任せるな」
いいな、とカガリはユウナへ告げる。その視線に彼は腰を抜かしたらしい。それを確認して、カガリはミナとともにその場を後にした。
「まったく使えぬな」
そう言ってきたのはギナだ。
「いっそつぶすか?」
その問いかけにカガリがぎょっとしたような表情を作っている。
「冗談はそこまでにしておけ」
ミナは頭痛を感じながらもそう口にした。
「冗談ではないぞ? あれのせいでキラがオーブから追い出されたではないか」
「それでもだ。今暫く待て」
今は時ではない、とミナは言う。
「どうしても気に入らぬのであればキラの所にでも行っておれ」
ブルーコスモスが最後の嫌がらせと称してあの子を襲うかもしれない。もちろん、ムウ達も警戒しているだろうが、とミナは付け加える。
「本当に。ムウがナチュラルでなければこき使うところだが」
「……ナチュラルでもこき使っていると聞きましたが?」
カガリがそう問いかけてきた。
「当たり前であろう? 有能だからの」
有能なものを遊ばせておく余裕はない。それに、とミナは続ける。
「あれと地球軍を接触させるわけにはゆかぬからの」
地球軍に潜入させていたのだ。顔を覚えている人間がいたとしてもおかしくはない。それでいらぬ騒動が起きるのはまずいだろう。この言葉にカガリも納得したというようにうなずく。
「本当に、あれがナチュラルでさえなければプラントに送り込んでキラの護衛をさせるのに」
残念だ、とミナはつぶやく。
「まぁ良い。愚弟、お前が行けばいいだけだからの」
その分、ムウにはここで動いてもらおう。そう言ってミナは笑った。