天秤の右腕
60
ラクスの悪ふざけはあったものの、それ以外はのんびりとした時間を過ごしていた──ただ一人を除いて、の話ではあるが。
「……ラウさん、大丈夫ですか?」
「ラウ、お茶をどうぞ」
レイもそう言いながらお茶を差し出す。
「ありがとう。大丈夫だよ」
ふっと微笑みながら彼は言葉を返してきた。
「ただ、書類が多くて処理に手間取るだけでね」
今回のことは内々に進めていた。そのつけが回ってきただけだ、とラウは続ける。
「すべての責任は隊長である私にある。そう言うことだよ」
ただ、とラウは続ける。
「あちらの往生際の悪さには呆れるがね」
勝ち目はないとわかっているだろう。それでもあれこれと条件をつけようとしている。
その中には当然、こちらが譲れないラインを超えているものもあるらしい。
「まぁ、私は現場の責任者だからね。自分の隊のことだけを考えていればいいわけだが」
上は大変だろうね、とつぶやく。
「ギルもだろうか」
レイがそう口にした。
「どうだろう。それよりも間に入っているウズミ様の方が心配だよ」
ギナ様も最近『こちらに来られない』って連絡が来ているし、とキラが言い返す。
「どれだけ厚顔無恥なんだろうな」
ラウはそう言ってため息をついた。
「ギナ様のことは放っておいてかまわないよ。我慢できなくなればきっと抜け出してキラに会いにいらっしゃる」
きっぱりと言い切れば二人は『そうかなぁ』と首をひねっている。
「そのときに話を聞いてみればいいだろうね」
あちらがどうなっているかを、とラウはそんな二人の反応を見て続けた。
「まぁ、ラウがそう言うなら……」
レイは今ひとつ納得できないようだ。
「それよりも、体には気をつけてくださいね」
疲れたらきちんと休んでください、と心配そうに告げる。
「ありがとう。私の体を心配してくれるのはキラだけだよ」
さらにこう付け加えた。
「俺だって、ラウの体調は心配しています!」
即座にレイがこう主張する。
「しかし、私とキラだとどちらが優先かな?」
「もちろんキラさんです」
だが、この問いかけにはきっぱりと言い切った。
「……そこはラウさんって言わないと」
呆れたようにキラがつぶやく。
「だって、本当のことですよ」
レイがそう言いながら首をかしげる。
「ラウは何があろうと自分でなんとかできます。しかし、キラさんは違いますから」
「……それはそうだけど……」
でも建前としてとか……とキラはぶつぶつつぶやいた。その様子にラウは笑みを浮かべる。
「レイの言葉は正しいよ。私たちにとって一番優先すべきなのは君のことだからね」
覚えておきなさい、とラウは口にした。
「……納得できない」
でも、とキラは続ける。
「ラウさんがそう言うなら覚えておきます」
「そうしなさい」
いい子だね、とキラの頭に手を伸ばす。そして、優しくなでた。