天秤の右腕
59
予想通りと言うべきか。デュランダル邸は大騒ぎになっていた。
そこにキラ達が戻ったものだからどのような結果になるか。簡単にわかるというものだ。
「……ラクス嬢?」
「申し訳ありません。アスランが戻ってくると聞いて気がはやりました」
ラクスがしれっとしてそう告げる。
「キラも親友の顔を見たいと思いましたし」
確かにそれは否定しない。しかし、ここまで大事になると知っていれば話は別だ。
「ラクス。僕は後日でかまわないって言ったよね?」
アスランだって疲れていただろうに、とキラは続けた。
「でも、早いほうが良かったではありませんか。ミーアも無事に紹介できましたし」
アレを『無事に』といえるのはラクスだけだと思う。
「本当にイイ性格になりましたね、ラクス」
同じことを考えたのか。アスランもため息をつきながら言葉を口にする。
「かぶっていた猫はどこに落としてきました?」
「あら。猫なんてかぶっていませんわ」
ひどいですわね、アスラン……と彼女は笑う。
「それに、早くミーアさんを紹介したかったのですわ。貴方が知っていれば他の誰も手出しできませんし」
その言葉に二人は眉をひそめる。
「……ラクスの身代わりとして、か」
アスランがその表情のままそうつぶやく。
「そんな人、いない方がいいんだけどね」
彼女の存在が知られれば知られるほどそう考える人間はいるだろう。その前に何とかしようと思っていたのだけど、とキラはつぶやく。
「アスランが認めてくださればそれもなくなります」
そうでしょう、とラクスは視線をギルバートへと向けた。
「なぜ、私に?」
「貴方が危ないからですわ」
「キラの友人にそのようなことはしませんよ」
ラクスの言葉にギルバートは微笑みを浮かべる。
「それよりも、まずは中へ。これ以上の立ち話はキラの体に触ります」
屋敷の中へどうぞ、と彼は続けた。ただし、その声音は絶対零度だったが。
「キラが体調を崩す? いけませんわね」
しかし、ラクスはそれをさらりと受け流す。
「……キラ、入ろう」
アスランがそう言って車いすを押し始める。
「ごめん。リビングにお願い。ミーアさんもついてきて」
あの二人は放っておいていいから、と続ければ彼女はほっとしたような表情でうなずいた。
それを確認してアスランは歩き出す。それに気づいているのかいないのか。ラクスとギルバートは未だににらみ合っていた。
「あちらに動きがあったようだぞ」
ミナが笑いながらそう告げる。
「虎の子だった新型を奪取されて焦っておるようだの」
「……まぁ、それで戦争が終わったのならいいのではありませんか?」
カガリがそう言い返す。
「そうよの。まぁ、義父上達はこれからが大変だろうが」
あちらからあれこれと言われて、とミナが続ける。少しでも自分達に都合の良い条件での停戦を望んでいるらしい。もっとも、それをプラント側が受け入れるかどうかは別問題だろうが。
第一、負けた側が条件を出すなんて聞いたことがない。カガリはそう考える。
「バカじゃないか?」
思わずこんなセリフが口から飛び出してしまったとしても無理はないだろう。
「バカでなければ何万もの人を殺すようなまねをするはずがないだろう?」
即座にミナがこう言い返してくる。
「それもそうですね」
勝ったときのことばかり夢想して負けたときのことを考えていないのだ。そう言われたとしてもおかしくはないだろう。
「しかも、だ。うちのとパイプはアレだしな」
はっきり言って使い物にならん。それでもすがろうとしているのはそれ以外に選択肢がないからだろう。
「ある意味不幸だな」
それはそれで、とカガリはつぶやく。
「それもあいつらの選んだ結果だ」
すべての因果は巡り巡って自分に返ってくる者だ。その言葉にカガリはうなずいて見せた。