天秤の右腕
58
クルーゼ隊が本国に戻ってきたのはヘリオポリス襲撃から二週間後のことだった。時間がかかったのは大きく迂回したからだ。
「皆、ご苦労だった。後は暫く待機だ。休暇でなくてすまない」
ラウが静かな口調でそう告げる。
もちろん、それにはちゃんとした理由があるのだ。おそらくあの機体は彼らが操縦することになるだろう。そのためにも訓練は必要である。
「そして、おそらく次に出撃するときには、雌雄を決することになるだろう」
あくまでも自分の予想だが、とラウは付け加えた。
「まぁ、ぐだぐだと長い話をしても意味はない。今日の所はゆっくりと休みたまえ」
そう告げるとラウはきびすを返す。自分がこのままここにいては彼らも帰りにくいと思ったからだ。
「隊長」
そんな彼を呼び止める者がいる。
「何かな?」
視線だけ振り向けばアスラン達五人がこちらへ近づいてくるのが見えた。
「あの機体の特性と修正した箇所をまとめていたのですが、提出は必要でしょうか」
アスランがこう問いかけてくる。
「ふむ」
本国の研究者は有能だ。それがなくても理解できるだろう。
だが、あれば把握する時間が減るのではないか。
「そうだね。一応預かっておこうか」
データーを送っておいてくれるかな、と続ける。
「了解しました」
五人はそう言ってうなずく。
「君たちも今日は休んでおきたまえ」
そう告げれば彼らは敬礼を返してくる。それにうなずくとラウは執務室へ向かって歩き出した。
アスランが基地から外へと出ようとしたときだ。
「アスラン、ここですわ」
ラクスの声が響いてくる。いったいなぜ彼女がここにいるのだろうかと思いながら視線を向けた。しかし、そこにはラクスではなく見知らぬ少女がいるだけだ。
「……ラクスの声が聞こえたと思ったんだが……」
視線を巡らせても彼女の姿は見えない。
「幻聴にしても、なぜ、ラクスだったんだ?」
確かに婚約はしているが、自分達はそんなに親しくない。幻聴を聞く理由がわからないのだ。
「あら、アスラン。ひどいですわね」
そう考えていたときである。今度はすぐそばからラクスの声が聞こえてくる。
「ラクス?」
慌てて振り向けばそこにいたのはラクスではない。見知らぬ少女だ。
「すみません! 間違いました」
慌ててそう口にする。
「本当ですわ。そそっかしいですわね、アスラン・ザラ」
呆れたように反対側から声が響いてきた。これは本当にラクスのものだろうか。そう考えていたときだ。
「二人とも、そこまでにしたら?」
アスランがかわいそうだよ、とキラの声が続く。
「だって、面白いんですもの」
「それにしても悪趣味だよ」
さすがに、とキラがため息をつく。
「二人の声がどれだけ似ているか、僕だってよく知っているし」
すぐには聞き分けられないことも知っている。それなのに、二人で声をかけて……と彼は呆れたように告げた。
「ごめんなさい、アスラン様」
それに続いて少女が頭を下げる。確かに彼女の声はラクスのものによく似ていた。顔さえ見なければ間違えても仕方がないだろう。
「いや……悪いのはこういうことを計画したラクスだろう?」
違うのか、と視線を彼女へと向ける。
「ちょっとしたお茶目ですわ」
悪びれた様子もなくラクスはこう言い切った。
「ただ……場所が悪かったとは思っています」
そう告げる彼女ははかなげに見える。これでは誰かが目撃すれば自分の方が悪く見えるのではないか。
「……そういえば、キラ。誰かに断ってから出てきたか?」
とっさに話題を変える。
「ラクス?」
「……貴方を驚かすことだけを考えていましたから、忘れていましたわ」
その言葉にアスランだけではなくキラもため息をつく。
「すぐに戻ろう」
絶対にキラの過保護な保護者達が大騒ぎしているだろう。一刻も早く彼らの所にキラを連れ帰らなければまずい。そう思ってアスランがそう言う。
「……悪いけど、お願い」
キラもそう言ってうなずいてみせる。その隣でラクスだけが意味がわからないと言うように首をかしげていた。