天秤の右腕
57
「本当によく似た声だね」
ラクスといっしょに来た少女の声を聞いてキラはそう言う。
「それに、化粧映えしそうなお顔をしている」
さらに彼はそう付け加えた。それは十二分に気を遣ったセリフだ。
「お化粧、ですか?」
ラクスが首をかしげつつそう聞き返してくる。
「そう。ミーアさん、だよね。ご自分の顔立ちが地味だって逝っているけど、肌はきれいだし、造作も整っている。つまり、お化粧でいくらでも化けられると言うことだよ」
確かにミーアはラクスに似ていない。それでもナチュラルの中で過ごしてきた吉良の目から見れば十分に整っている容姿をしている。さらに化粧をすれば十分《美少女》と呼べる範疇に入るのではないか。
「……でも、私はラクス様と違って地味な顔ですし……」
ラクスに似ていないのに、とミーアは口にする。
「それがどうしたの? ラクスにそっくりでなくてもかまわないでしょう?」
声が似ているのは仕方がない。でも、違うところを際立たせた方がいいのではないか。キラは首をかしげながら言葉を綴る。
「第一、君は君じゃない」
キラがそう付け加えたときだ。いきなりミーアが涙した。
「ど、うしたの?」
それにキラは慌てる。
「ミーアさん……大丈夫ですか?」
ラクスも彼女の顔をのぞき込みながらハンカチを取り出す。そして、そっとその涙をぬぐいだした。
「すみま、せん……いまま、で、誰も、言ってくれなかったので……」
しゃくり上げながらミーアが言葉を綴り出す。
「私は私のままでいいって……皆、私にラクス様のまねをしろって言うのに……」
私は私の歌を歌いたいの、と彼女は絞り出すように口にした。
「それでよろしいのに……皆様、何を考えておいでなのか」
彼女を自分の代わりにしないで欲しい、とラクスは怒りを隠せない様子で口にする。
「……いっそ、二人でメディアに出たら?」
ミーアの存在を皆に知らせてしまえば身代わりなんて考えないだろうし、とキラは告げた。
「お化粧もプロがやれば大丈夫だろうし」
「そうですわね。それがいいですわ」
うちのスタッフであれば喜んで化粧をしてくれるだろう。ラクスはそう言って笑みを深める。
「よろしいのでしょうか」
不安そうにミーアが問いかけてきた。
「いいと思いますよ。要はラクスによく似た声の持ち主がいる。その人物とラクスはものすごく仲良しだ。その事実を知らせるためですから」
キラは笑みを深めながら言葉を綴る。
「そうすれば、貴方を利用しようという人間は出てきても、ラクスの身代わりに使おうという人間は排除されるはずです」
それがラクスの希望だろう、と続けた。
「貴方はラクスの友人ですし」
そう付け加えればミーアの目が大きく見開かれる。
「てっきりラクス様の冗談だと思っていました」
そのまま彼女はこう告げた。
「あら……ひどいですわ。わたくしは嘘は言いません」
ラクスが即座に反論をする。
「キラに会わせると決めた時点で貴方はわたくしの友人ですわ」
そうでない人間に彼を合わせるはずがない。彼女はさらに言葉を重ねる。
「ラクス様……」
「ですから、友人を利用しようとする人間は許せませんの」
可能性はできる限りつぶしてしまいたい、ときっぱりと口にするラクスは、何時ものふわふわとした感じが全くない。
「任せておけばいいと思うよ」
こういうときの彼女に何を言っても無駄だ。そう考えてキラはミーアに告げる。
「……はい」
頭痛を感じているのだろう。ミーアが頭を抑えつつうなずいて見せた。