天秤の右腕

BACK | NEXT | TOP

  49  


 地球軍の秘密工場はヘリオポリスにある。
 その情報にラウは小さく唇の端を持ち上げた。
「これならばうまく動けば民間人への被害は最低限に抑えられるな」
 もっとも、と彼は続ける。
「あちらがバカな行動をとらなければ、の話だが」
 地球軍が民間人を盾にすれば話は別だ。どうしても民間人への被害が大きくなる。
 あそこにいる地球軍の軍人に、軍人としての矜持が残っていればいいのだが。
 それにかけるしかない、と言うのがいささか不安だ。
「そちらに関しては出たとこ勝負と言えるかな?」
 願わくば、とラウはつぶやく。彼が軍人として正しい矜持を抱いていますように。
 さもなくば、と彼は付け加える。
「ヘリオポリスは陥落かな」
 そうでなかったとしても、いったん、住民は避難してもらわなければいけないだろう。
「毒だけは使わせないようにしないといけないか」
 住人ごと自分達に不利になる証拠を消す可能性もある。
 そう考えれば、やはり面と向かって動くのはまずいのではないか。しかし、彼らだけでモビルスーツの奪取は難しい。どうしても陽動がいる。
 それに関してはミゲルに任せればいいだろう。
「ジンで乗り込ませるか」
 ハッチから入って、そのまま秘密基地へと向かわせればいい。
 彼らが敵の目を引きつけている間にアスラン立ちに機体を奪取させる。
 同時に空調システムをこちらが把握してしまえば毒を流すことは不可能になるはずだ。
 問題が誰がシステムを把握するか、だ。
「……ギナ様かミナ様に連絡だね」
 できればすぐに連絡が付けばいいが、とため息をつきながらメールの画面を呼び出す。そして、手短にこちらの推測と希望をかいて送信した。念のためにキラのアドレスあてにも送信しておく。
「後すべことは何かな」
 それが終わったところでため息交じりにこう口にする。詳細を詰めれば詰めるほど細かい部分が気になってしまうのだ。
「後から後悔しても遅いからね。できる限りの準備を整えておかなくては」
 自分に言い聞かせるようにラウは続けた。
「あの時のように」
 それだけは何があっても避けるべきだ。だから、と彼は一度目を閉じる。だがすぐに目を開くと立ち上がった。

 ラウからのメールにギナは目を通す。
「……確かに、その可能性はあるの」
 彼の推測は的を射ている。どこにでも腐った人間はいるのだ。
 だから、とギナはため息を付いた。
「人は厄介なのよ」
 どれだけの理想を持って組織を作り上げようと次第に腐っていく。
 自浄作用がある組織であれば問題はない。そのようなもの達は排除されるからだ。
 しかし、とギナは続ける。
 組織が大きくなってくれば末端にそう言うものがいたとしてもすぐには気づけない。
 だから、地球軍に腐った人間がいたとしてもおかしくはない。そんな人間がヘリオポリスにいたとするならば何をしたとしてもおかしくないのではないか。
 しかし、だからといってオーブの民を自分達の盾にしようとするのは許せない。まして、その命を奪おうとするのはだ。
 問題はうかつにラウに制御権を与えられないと言うことだろう。
 いくら自分達が信頼しているとは言え、彼は今、プラントの人間だ。万が一のことを考えれば当然だ。
 だが、今すぐにでもライフラインの制御権を確保しておかなければいけない。
「仕方がない。我が行くか」
 それが一番確実だろう。
「ついでに、あれを受け取ってくればいいか」
 今、キラのそばを離れるのは本意ではない。だが、そうするしかないのであれば最善を選ぶのは当然だ。
 幸いなことにギルバートはもちろん、レイも使い物になる。多少離れていても問題はないだろう。
 いい機会かもしれない、とギナは自分に言い聞かせる。
「我がいなくてもあれは大丈夫であろう」
 もっとも、どこからわいてくるのかわからないのがブルーコスモスだが。そちらに関してはプラントの警備関係者が頑張ればいいだけのことだ。
「……うまくいけば一網打尽にできるかもしれぬしな」
 残っていたとしても、とギナはつぶやく。
「まずはあれに話を通してこねばなるまい」
 そうつぶやくと端末の電源を落として立ち上がる。
「次にキラの顔が見られるのはいつだろうな」
 まぁ、それも後で考えればいいだけのことだ。そう口にするとギルバートを探すために部屋を出た。

BACK | NEXT | TOP


最遊釈厄伝