天秤の右腕

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 まさか潜水艦で直接やってくるとは思わなかった。しかし、そのおかげで全員を乗り込ませることができた。
「……これも不正出国かねぇ」
 今更ながらそんなことを考える。
「本当に今更だな」
 あきれたようにトダカがこう言ってくる。
「こちらはお前一人を迎えに行くようにと命じられたのだが……」
 さらに彼はこう続けた。
「すまん。成り行きで」
 まさか連中が付いてくるとは思わなかった。ムウは素直にそう告げる。
「こちらとしては優秀な整備員はありがたいのですが……あちらからどのような難癖をつけられるか」
「それに関しては大丈夫だろう。俺たちが一緒にいるという証拠がない」
 監視カメラに写らないようにしていたし、ドローンでも見つけられないような場所を選んで移動していたからな。ムウはそう言って笑った。
「……こうなることを予想していたようだな」
「あちらが俺を素直に手放してくれるとは思わなかったからな」
 いろいろな意味で、とムウが言えばトダカが納得したようにうなずく。
「確かに軍の機密を知っている人間をそう簡単に手放さないだろうね」
「だからミナ様は本家の名を出したんだろうが……」
 それも連中には意味を持たなかったようだが、とムウは言う。
 いや、多少は考慮の対象になっていたのか。
 だから隙が生まれたのだろう。
「まぁ、俺としては戻れるならどうでもいいんだがな」
 いい加減、あそこにいるといらいらするし……とムウは付け加える。
 何よりも、連中が下のものを考えずにあれこれとすることが許せない。そのくせ、成功すればその手柄は自分のものにするしな。ムウはそう吐き出す。
「部下を正当に評価しない以上、全員に逃げられてもおかしくはないぞ」
 それで戦線を維持できるかどうか。そうと割れれば不可能だとしか言い様がない。
「後はいつ、連中が譲歩をするかだ」
 まぁ、そんな日は来ないだろうが。ため息と共にそう付け加える。
「だろうな」
 あいつらの頭の中には自分達のことしかない。それ以外の人間はすべて自分達に奉仕するのが当然だのだろう。
 現実と妄想は違うのだ。それが理解できないのではないか。トダカも辛辣なセリフを吐く。
「まぁ、関係のない話だが」
「確かに。オーブの人間には関係ないな」
 もっとも、とムウは続ける。
「どこの人間だろうと民間人に迷惑をかけることは許されないが」
 そんな連中は滅びてしまえ、とムウはつぶやく。
「否定はしないが、そう言う連中こそしぶといだろう?」
「そうなんだよな」
 トダカの言葉にムウはうなずいた。
「だからこそ厄介なんだが」
「それは否定しない」
「それをどうやって崩していくか……方法がないわけじゃないが、面倒くさい」
 ものすごく時間と手間がかかるから。そう言ってムウはため息を付く。
「俺の立場ではだが」
 これがミナ達であればもう少し楽かもしれない。そう付け加えた。
「あの方はオーブでも特別ですからね」
「あぁ。彼女がオーブの五大首長家の一員であることを幸いと思わないとな」
 多少手のひらの上で踊らされているような気がしないわけでもない。それでも、彼女たちがいてくれるから安心して無茶をできるのだ。
 そう考えれば、多少の奇行は目をつぶるべきか。
 特にギナのそれは……とムウは心の中だけで付け加える。
「そもそも、あいつらがキラを追い出さなきゃここまで面倒なことになっていなかったよな」
 俺ももっと穏便に逃げられたはずだ。ムウはそう告げた。
「オーブとしても優秀な技術者を手放さなくてすんだだろうな」
 一番許せないのはどこかのバカ前当主だが、とトダカは言う。
「前?」
「どうやら上の方から切り捨てられたらしくてな。今はユウナ殿が当主だが……」
「それこそやばいだろう」
「こちらとあちらが用意した女性エージェントに手のひらで転がされているな」
 時を見て適当な人材と当主を交代させるつもりだとか。その言葉にムウは腹筋が引きつる。
「その間にすでに次の当主候補が準備されていると。ミナ様あたりの考えそうなことだ」
「……残念ながらカガリ様の意見も含まれているらしい」
 その言葉にムウは少しだけ考え込む。
「キラがいなくなってぶち切れたか」
 そして出た結論がこれだ。
「そうだろうな」
 それにトダカもうなずいた。

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最遊釈厄伝