天秤の右腕
47
厄介なことになった。
ムウは物陰に身を隠しながらため息を付く。
連中がすんなりと退官を認めてくれないのは予想していた。そのときのための方策もいくつか考えていたほどだ。
しかし、だ。
それを聞きつけた開発の人間が集団で辞表をたたきつけるとは予想していなかった。しかも、彼らは自分と同行することを希望しているという。
「おかげで難易度が上がった……」
一人ならばいくらでも方法がある。だが、これだけの人数となれば無鉄砲な行動をとるわけにはいかない。
預かった──正確には強引に押しかけられた──以上、自分は彼らを守る義務がある。それが上官としての役目だ。
「すいませんね、少佐」
その言葉を耳にしたのだろう。マードックがこう言い返してくる。
「俺たちとしても何のつてもなくやめるわけにはいかなくて」
苦笑を浮かべながら彼はさらに言葉を重ねた。
「俺だって、そんなもん、持ってねぇぞ」
もちろん嘘だ。ただ、彼がどういう反応をするかを見たかったのだ。
「就職は自力でなんとかしますって」
マードックがこう告げる。
「ただ、オーブの居住権は持っている人間にすがらねぇとなかなか許可が下りません」
確かに、まずい人間をオーブに入れるわけにはいかないからな。ムウは心の中でそうつぶやく。
「それで俺かよ」
「もっていらっしゃるでしょ?」
「否定はしないがな」
後でミナに何を言われるかわからないな、とムウはため息を付く。
「だったら俺が落ち着いてから正攻法で来るという手段もあっただろうが」
「それじゃこいつらの命が保証できねぇんで」
この言葉にムウは目を細める。
「あのバカ上司どもが!」
そこまで彼らを追い込んでいるのか。そう吐き捨てる。
何よりも自分が無理難題を言っているという自覚がないのが悪い。
オーブの技術力があったからこそ、プラントとの戦争もなんとかなっていたのだ。それなのにセイランを使ってオーブを怒らせたからこそ、今の状態がある。それを自覚しろ、と思う。
まぁ、自覚できていないから今の状況に追い込まれているわけだが。
「ともかく、あと少しだ」
もうじき合流ポイントとして指定された場所に着く。ここにいる全員が乗り込めるかどうかはかけだが、優秀な人材ならミナがなんとかしてくれるだろう。
そうでなかったとしても、自分が頼めば受け入れてくれるはずだ。
ともかく今は無事に逃げることを考えよう。
問題の先送りかもしれないが、と思いながらその場に適当に腰を下ろす。
「時間まではまだあるからな。お前達も休んでおけ」
そしてこう告げる。
「休めと言われても……」
「後は待つだけだ。休めるときに休んでおくのも必要なことだぞ」
苦笑とともに告げれば、相手も納得したらしい。素直に腰を下ろす。
後は迎えが来るのを待つだけだ。
しかし、ここまでどうやって来るのか。それだけが心配だ、と思うムウだった。
ふっとキラは手を止める。
「皆無事かな」
そしてこうつぶやく。
「キラさん?」
それを聞きつけたのだろう。レイが声をかけてきた。
「ごめん。ちょっと気になったから」
苦笑と共に彼の方へと振り向く。
「レイはどうしたの? まだ学校だったんじゃないっけ?」
「……そうなんですが……」
「まさか、サボりとか……」
レイに限ってその可能性は少ないだろう。そう思いながらも口を開く。
次の瞬間、彼の頬が赤く染まる。
「えぇ、本当!」
信じられない、と心の中だけで付け加えた。
「理由はあるの?」
ないとは思っていないが、とキラはレイに問いかける。
「……クラスメートとけんかをしました」
そのまま勢いで返ってきてしまった。彼はため息と共にこう告げる。
「あいつがキラさんのことをあれこれ言うから、それでかっとなって……」
レイの言葉からかなりきついことも言われたのではないか、と推測する。それで彼が怒るのは当然だろう。しかし、とキラは思う。
「僕がこういう体なのはどうしようもない事実だからね。いちいち怒っていたら疲れるだけだよ」
怒ってくれたのはうれしいけど、とそう続ける。
「明日、その友達と仲直りしておいで」
ね、と付け加えればレイは渋々といった様子でうなずいて見せた。
「なら、お茶にしよう」
着替えておいで、とキラは微笑む。それにレイは素直に行動を開始した。