天秤の右腕
45
「おや。お帰りでしたか」
ギルバートはアルコールを手にしているギナを見つけてそう口にする。
「あぁ。キラで癒やされようと思ったのだがの。寝顔を見るのがせいぜいだったわ」
それはそれで癒やされたが、とギナは言い返してきた。
「代わりにレイのピアノを聞いておったから退屈はしなかったがの」
さらに彼はこう続ける。
「それは……お耳汚しを」
「謙遜する出ない。技術ならばまだまだ上の者がおる。だが、心がけとしてはあれの右に出るものはそうおるまいて」
少なくとも我らにとっては、とギナは笑う。
「あれのピアノはキラに対する気持ちであふれておる。それが心地よく感じるのだろう」
誰かのために弾いてくれるピアノの音色は、と言うギナにギルバートもうなずいてみせる。
「問題はレイがキラを好きすぎることでしょうか」
「それもいずれ治るのではないか?」
「だといいのですが」
そんな会話を交わしつつ。ギルバートはギナのそばに腰を下ろす。
「何。いずれキラより大切な相手ができよう。どちらにしろ、最終的にはキラ次第だがの」
キラに振られれば目が覚めるであろう、と彼は笑う。
「それでもキラにつきまとうようであれば逆に感心するがな」
「……やめてください」
レイなら十分に考えられるから、とギルバートはつぶやく。同時に、レイにそう言う相手が見つかってくれればいいと思う。
「情が強いのは誰に似たのかの」
姉上か、それともあいつか……とギナは首をかしげた。
あいつとはいったい誰なのか。ギルバートが該当の人物を思い出そうとしたときだ。
「あぁ……例の件、おそらく本命はヘリオポリスよ」
さらりと爆弾を投下してくれる。
「……ギナ様。少しは心構えができるようにしてください」
危うく聞き逃すところでした、とギルバートはため息交じりに抗議をする。
「おぬしのことだ。その程度は推測できていよう?」
「……確かに、私が調べた中で確率が高かった所の一つですが……」
「資材の量を調べたらあっさりとわかったわ」
セイランは本気で隠すつもりがあったのか、とギナはため息を付く。
「だが、おかげであの家の責任を問えそうでな」
取りつぶしは無理でもかなり力をそぐことができるだろう。そうなれば二度と地球軍がオーブの国政に口を挟むことはないはずだ。ギナはそう言って笑みを浮かべる。
「後はラウの仕事よの」
そう口にすると彼はいすの背から体を起こす。
「あれに伝えておけ。民間人への被害は最小限にとどめよと」
まじめな表情でギナはそう言いきる。それはもっともな意見だ。どのような状況であろうと民間人を守るのが軍人というものだろう。
「もちろんです。きちんと伝えておきましょう」
だからギルバートは即座に言葉を口にした。
「ただ、あちらの動きがわかりませんので……」
地球軍がヘリオポリスの住民を人質に取った場合どうなるか。そこまでは確約できない。そう続ける。
「そのときはそのときで考えればよかろう」
あちらのしたことでプラントを責めるようなことはしない。ギナはそう言いきった。
「何よりもあちらがそんな愚かなまねをするようなら、ただではすまさぬよ」
軍人としての最低限の矜持も捨てるようでは、とギナは意味ありげに笑った。
「どちらにしろ我が動かなくても姉上が動くであろう」
じわりじわりと真綿で首を絞めるように勢力をそいでいくだろう。彼はその表情のままそう続ける。
「果たしてどちらがマシかの」
ひと思いにやられる方とじわじわ苦しめられる方、どちらがマシなのか。それは自分にはわからない。
ただ、とギルバートはため息を付く。
「できれば上層部の一人は残しておいていただきたいものです」
この戦争の責任がとれそうな人間を、とギルバートは続けた。そうすれば戦後処理が簡単にすむのではないか、とも。
「なるほどの。覚えておこう」
ギナはそう言ってうなずく。
「失礼します」
外から声がする。
「お食事の支度が調いました」
「今行く」
そう告げるとギルバートはギナへと視線を移す。
「では、行こうかの」
ギナはこう言うと立ち上がった。