天秤の右腕

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 ムウとアスランが出撃したのは昨日のことだ。
「皆、無事だといいな」
 二人だけではなくディアッカ達も、とキラは続ける。
「ラウさんがいるから心配いらないと思うけど……」
 だが、何かが起きそうな予感があるのだ。それもあまりよくない……とキラはつぶやく。
「……兎も角、メールでもチェックして、それから今日の予定を決めようかな」
 別に何をする必要もない。それはわかっているが落ち着かないから。そう付け加えると、パソコンを立ち上げる。次の瞬間、キラの目が大きく見開かれた。
「……嘘……」
 何で、と唇が綴る。
「なんでこんな危険を冒してまで……」
 ムウさん、と彼の名を呼ぶ。
 同時に指がキーボードをたたき出す。
 一見すると普通の文章だ。しかし、これの裏にもう一つの文章が隠れているはず。
 ただ、どうしても解せないのは、どうしてこれを自分に送ってきたのかだ。ミナに送っていればここまで焦らなかったのに、と思いつつも最後のキーを押す。
『地球軍がMSの開発に成功。ただし、OSは未完成。ラウに知らせろ』
 出てきた文はこれだった。後はどこかの座標だろう。
「タイミングが悪い」
 せめてあと半日早ければ直接ラウに連絡が付いたのに。
 だからといって放っておく訳にはいかない。
「ギルさんなら連絡が取れるかな?」
 作戦中は連絡を遮断することもあるらしい。だが、今はそれ以外に方法が思いつかない。
「とりあえず確認してもらって……ダメならば他の方法を考えよう」
 そう判断するとキラは車いすの向きを変える。そして、ギルバートを探して動き出した。

 幸いと言うべきか。ギルバートはまだ屋敷にいた。
「……確かに、これはムウからのものだね?」
 表情を硬くしたまま見上げてくるキラにこう問いかける。
「このアドレスはムウさんのものです。他の誰かに乗っ取られたとしても、ラウさんの名前が出てくるはずがありませんし」
 その言葉にギルバートもうなずいて見せた。
「まったくタイミングが悪いね」
 キラと同じセリフをギルバートはつぶやく。
「だが、まだ出航して一日だ。連絡が付かない距離ではない」
 評議会の方から連絡を入れよう、と続ける。
「お願いします」
「何。これだけ重要な事柄だ。謝られることではないよ」
 ただ、とギルバートは言葉を重ねた。
「この座標にあるのはオーブのコロニーだ。そうである以上、ギナ様に話を通すべきだろうね」
 そう告げればキラは小さくうなずいてみせる。
「いい子だ。では、そちらは頼んだよ」
「はい」
 キラの返事を聞きながらギルバートはきびすを返す。そしてそのまま玄関へと向かった。
「旦那様?」
 途中で執事が声をかけてくる。
「評議会ビルに行ってくる。準備をしてくれ」
 彼に向かってそう告げれば、即座に離れていく。おそらく車の手配に言ったのだろう。
「しかし……彼は大丈夫なのかな?」
 あんな情報をキラに流して、とギルバートは離れていく背中を見送りながらつぶやく。
 それとも、と小さくため息をついた。
 それを無視してでも動かなければいけないほど、地球軍の内情が悪いのか。
 おそらく後者ではないか。
「キラの打った手が本格的に動き始めたようだね」
 蜘蛛の糸のようになっているそれは、獲物が身動きをすればするほど動きを止めてしまう。
 それから抜け出す方法は一つ。
 システムを作り上げた本人がそれを壊すことだ。
「キラの周囲を固めなければいけないね」
 きっと連中はまたキラを狙うだろう。
 それを阻止することが自分たちの勝利に繋がる。
 そんな確信がギルバートにはあった。
「まぁ、今までと何も変わらないがね」
 キラを守ることに、とそう続ける。そして、それは彼にとって当然のことだった。
「旦那様。お車の用意が調いました」
「ありがとう」
 執事の言葉にこう言い返す。そしてギルバートはそのまま評議会ビルへと向かった。

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最遊釈厄伝