天秤の右腕
38
本当にこいつらはバカだな。
ムウは目の前の上官を見つめながらそう考える。
キラが作ったプログラムだ。そう簡単に解析できるはずがない。まして、それを改造なんて不可能に近い。そう続ける。
だが『なんとかしろ』と言えばなんとかなると思っているらしい上官の後ろ姿を見つめながらため息しか出ない。
そろそろ自分もここから逃げ出した方がいいだろうな。心の中でそうつぶやく。
「いいな! 機嫌は二月後だ! それまでにあれを解除するか新しいOSを完成させろ」
上官の言葉に彼の前にいる技術官が小さなため息を漏らす。
「わかりました」
そして彼女はこう告げる。それがどれだけ困難なのか、彼女は理解しているのだろう。
「フラガ少尉」
今度はこちらか、と思いながらムウは一歩、前に進み出る。
「何でしょうか」
「お前は部下の中から数名選んでおけ。モビルスーツのパイロット候補だ」
その言葉にあきれる。
「わかりました」
ため息交じりにこう告げた。と言うより、そう答える以外にないだろう。
本当にこの男は小物だ。さらに上の命令を下に伝えるだけで終わると考えているのだろう。
しかし、適切な部下がいるかどうか。
不本意な命令でも部下を無駄死にさせたくない。
だから適正のある人間を選ぶしかないのだが、とムウはまたため息をつく。
そんな人間ナチュラルにいるか。
いたとしても、すでにどこかでパイロットをやっているに決まっている。それを手放す上官はいないだろう。
そのときにどうするか。
今日ほど、さっさと辞表を出しておかなかったことを後悔した日はなかった。
手元に届いたメールを見てミナが笑いを漏らす。
「どうかしたのですか?」
それを見てカガリが問いかけてくる。
「あれが根を上げてきたぞ。よほど今の地球軍は居心地が悪いらしい」
そう言い返せばカガリはさもありなんという表情になった。
「キラのあれが効いているのか」
あいつを追い出そうとしたから、その報いを受けているだけだろうが……と彼女は続ける。
「であろうの」
じりじりと追い詰められているのではないか。そう考えれば、我が弟ながら怖い手を使ったものだ。そう続ける。
しかし、オーブとしては都合がいい。
「さて……そろそろあのバカをなんとかせねばならぬ」
女性二人をもてあそんでいるつもりで手のひらで遊ばれていることに気づかない。そんなバカをどうするか。ミナはそうつぶやくと考え込む。
「……いっそ、第三の女性でも送り込んだら?」
泥沼になって楽しいのではないか。カガリがこんな提案をしてくる。
「……ふむ……」
「あの男のことだ。その女性に迫られたらあっさりと他の二人を捨てそうだぞ」
そろそろ嫌気がさしているのではないか、とカガリは続ける。
「あいつは面倒ごとからすぐに逃げ出すんだ。女性二人に惚れられているのはうれしいが、うるさく言われるといやになるんだよな」
そこに優しくしてくれる女性が出てきたらころっと行きそうだ。
「ふむ。面白いかもしれん」
少なくともその間に根回しが終わるだろう。
「よかろう。我の私兵から一人送ろう」
そういうことに長けている人間だ。うまい具合に手玉をとってくれるだろう。後は前に送り込んだ女性と協力させればいい。
「後は義父殿と話し合ってからだな」
他にもすることがあるはずだ、とミナはつぶやく。
「ギナ様がいらっしゃれば……」
カガリがため息まりじりにそう告げる。
確かにあれがいればもっと別の手段も使えるだろう。しかし、暴走されたら後が厄介だ。
「その分手間が増えるであろうな」
「そうですか」
「基本的にキラが関わらぬことは力尽くよ」
笑いながらそう付け加える。この言葉にカガリは少し考え込むような表情になる。
「ですよね……と言うことは、今回はまだ向こうにいていただいた方がいいのかな?」
でなければ混乱が生じるのではないか。そうなれば、最悪、こちらの策が失敗に終わるだろう。カガリの言葉にミナはうなずく。
「あれにはしばらくキラを与えておけばよい。その間にこちらを終わらせるぞ」
ミナはそう言いきった。