天秤の右腕
37
「ごめん、キラ……明日からしばらく出かける」
いきなりやってきたかと思えば、アスランはこう言って頭を下げる。
「ラウさん?」
意味がわからないまま、キラはラウへと視線を向けた。
「出撃命令が出たからね」
そうすれば、ラウは苦笑とともにこう告げる。だから、アスランを連れてきたのだとも付け加えた。
「そうですか」
仕方がないですね、とキラは続ける。
「だから、アスランも気にしないで」
「ごめん……」
微笑みながらそう言ったつもりだった。しかし、アスランの表情は晴れない。
「本当に大丈夫だよ。あぁ、そうだ。これのマスター設定のリセットの方法だけ教えてくれる?」
話題を変えようとキラはそう告げる。
「どうして?」
しかし、アスランは首をひねりつつこう聞き返してきた。
「キラ以外を主人にしないようにしておいたんだけど」
それを解除するとなれば一度ばらさなければいけない、と彼は続ける。
「そうなんだ」
それならば仕方がないのか、とキラはため息とともに吐き出す。
「何があったの?」
「……名付けで失敗した」
ごまかすわけにはいかないだろう。そう考えて素直に口にする。
「この子達の鳴き声についてつぶやいていたら、たまたま認証されちゃっただけ」
だから、この子の名前は『トリィ』だ、とキラは続けた。
「あぁ……そういうことか」
そこまで言ったところでアスランは納得したらしい。
「ごめん、キラ。その子の名前はちょっと変えられない」
その表情のままそう言ってくる。
「……そうなんだ……」
と言うことは、この子の名前は『トリィ』で決定と言うことだろう。ギナ達に笑われるかもしれないが仕方がない。
「それ以外で気になることは?」
「今のところ、ないかな?」
攻撃に関する機能は確かめようがないし、と付け加える。
「確かに」
ここのセキュリティは万全とはいかなくてもかなりのものだからね、とラウもうなずく。
「もっとも、それを確認することがないことを祈るがね」
「そうですね。キラは安全な場所にいてほしいですし」
二人はこう言ってうなずき合っている。
「あの時のようなことはごめんだ」
ぐったりとしたキラを助け出すようなことは、とアスランは付け加えた。
「……何というか……ごめん」
反射的に謝罪の言葉を口にする。
「キラが悪いわけではないからね。それに関しては」
「確かにそうですね。誘拐を企んだもの達が一番悪いです」
ラウの言葉にアスランがそう付け加えた。
確かにそうだろう、とキラも思う。同じことが二度と起きなければいいとも思う。
でも、ないとも言い切れないのではないか。
そう考えればため息が出てくる。
「キラ?」
どうかしたのか、とそれを聞きとがめたアスランが問いかけてきた。
「どうして人は争うのかな?」
争いなんて起こさなければ皆幸せに暮らせるのに、とキラは首をかしげる。
アスランもどう答えればいいのか悩んでいたらしい。
「それが人のエゴだからだよ」
そこにラウがこう言ってくる。
「普通であれば自制することができる。しかし、その枷を自ら外したものは善悪の区別が付かなくなっているのだね」
だから、彼らも何が悪いのかの判断が曖昧になっているのだろう。そうラウは続ける。
「君たちも覚えておきなさい。一番怖いのは無意識で攻撃してくる民間人だとね」
彼らの考えを変えさせるのは一朝一夕では終わらない。だからこそ上からたたきつぶす必要がある。その言葉にアスランはうなずいている。しかし、キラはそうできなかった。
「まぁ、たたきつぶさないまでも罪悪感を持たせることは可能だが」
それについてはギルバートの方が得意だしね、とラウは付け加える。
「……そうですか」
「戦争なんてきれい事ではすまないことが多いのだよ」
それはわかっている。でも、できれば聞きたくなかった。
しかし、知らないままでいるわけにもいかないだろう。キラはそう考えると一つため息をつく。
「ともかく、二人とも気をつけて。無事で帰ってきてください」
そしてこう告げた。