天秤の右腕
35
アスランからもらったマイクロユニットはそのまま稼働させていた。
「名前を決めないと……」
そう告げれば、それらは『トリィ』と可愛らしい鳴き声を上げる。
「まさかアスラン……鳥形だからって理由でこの鳴き声にしたわけじゃないよね?」
別の鳴き声では本物とわからないからだろう、と苦笑とともに続けた。
もちろん、彼が知らなかった可能性は否定できない。実際、月にはいなかった。だから彼に実物を見た記憶があるかどうかすら怪しいのだ。
いや、プラントにだって鳥はいるだろう。それを目にした可能性はある。
そんなことを考えながら何気なく緑色の方を触っていた。
「トリィかぁ」
小さな声でそうつぶやく。その瞬間、緑の方の目が赤く点滅する。
「……まさか、今ので認証しちゃった?」
そう言いながらキラは慌ててトリィを調べた。そうすれば何気なく触っていたところが認証システムへのキーになっていたことがわかる。
「認証しているね」
さらに調べたところでキラはため息をついた。
「キャンセルできないのかな?」
この認証、とつぶやく。そのままトリィのあちらこちらを確認する。しかし、ハードに弱いキラにはどこをどうすればいいのかわからない。
「アスランが来たときに聞いてみるしかないのかな」
せめてこちらはまともな名前をつけてあげよう、と付け加える。
「こちらの子は女の子っぽいから……百合……リリィかな?」
万が一解除できなかったときのことを考えてトリィと似たような語感の名前をつけておく。
「それにしてもアスラン……いったいどんな機能をつけたんだろう」
絶対に説明されたもの以外の機能も付いているよね、とつぶやいた。自分にはそれを確かめることができないのが悲しい。
まぁ、アスランのことだから危険な機能ではないはずだ。ならば無視してもかまわないだろう。そう自分に言い聞かせる。
「それよりも、レイ達に取り上げられないようにしないと」
正確にはレイだ。彼はこれが安全と確認できない限り自分のそばに置きたくないと言っていた。だから、そうされる可能性は高い。
「ギナ様がいてくれるから問題はないだろうけど」
でも、レイだからなぁ……とため息をつく。
「レイはどうして、ああまでもアスランを否定するんだろう?」
アスランは自分の大切な幼なじみなのに、とキラはつぶやいていた。
夕食の時間になったから、とキラはダイニングへと移動をする。そのそばにはトリィとリリィが羽ばたいていた。
「おぉ、キラか。それらの様子はどうだ?」
「認証で少々失敗しましたが、後は調子がいいです」
ギナの問いかけにそう答える。
「失敗したとは珍しい」
「と言うよりも、偶然でそうなったとしか……」
いろいろと確認をしていたときにつぶやいた言葉を認証してしまった、とキラは正直に白状した。
「後でリセットの方法をアスランに確認しないと」
そうつぶやきながら自分の場所へと移動する。
「……別にかまわないんじゃないですか? それはただのマイクロユニットですし」
レイがそう言ってきた。
「レイ……」
全くどうして彼はそうなのだろうか。キラはそう考えるとため息をつく。
もちろん、それが自分のためだとはわかっている。しかし、どうしてこうもアスランを嫌悪するのか、未だにわからない。
「レイ。作られたものが悪いわけではないよ」
作った人間が誰であれ、とレイが口にする。
「それにキラの気持ちも考えないとね」
気に入っているのだろう、と彼は視線を向けてきた。
「はい」
それは間違いないからキラは素直にうなずく。
「僕にはもったいない機能も付いているようです」
「それは我が頼んだのよ。これからキラの行動範囲も広がるであろうからの」
ギナがそう言いながら頭をなでてくれる。
「ギルバートもレイもキラを一人にすることはないと思うが、万が一を考えてな」
我がいつまでもそばにいられるとは限らぬ故、とギナは付け加えた。
「そうでした」
あまりになじんでいるから忘れていたが、ここはプラントでオーブではない。そう考えた瞬間、青い海が見たくなったのはどうしてだろう。
もう二度と帰れないからかな。でも、生きているうちにもう一度あの色をみたいな、とキラは心の中でつぶやいた。