天秤の右腕
34
二人にうまく言いくるめられてしまったのがまずかったのか。二羽のマイクロユニットはそのままキラのそばにいる。
「そうだね。一週間後ぐらいに一度確認に来るから」
それで不具合が出ているようなら調整しよう。アスランはそう告げる。
「仕事の方は大丈夫?」
「今のところはね」
そう言うだけで彼は会話を切り上げた。おそらく聞かれたくないのだろう、とキラは判断する。
「大丈夫ですわ、キラ。クルーゼ様が出かけられるのは今しばらく後になるはずですから」
それ以上に不思議なのは、なぜ、ラクスがそんな情報を持っているのかだ。
「ラクス?」
アスランも焦りながら彼女へと視線を向ける。
「内緒ですわ」
ふふ、と笑いを漏らしながらラクスが言葉を返してきた。
「お願いですから、ザフトの秘密までは漏らさないでください」
彼がこういうと言うことは本当のことだったのだろうか。そう思いながらも目の前の惨状に口を挟めない。いや、惨状というのは正しくない。アスランをラクスがからかっているといった方が正しいのか。
「随分と騒々しいの」
そこに新たな声が混じる。
「ギナ様!」
ほっとすればいいのか、それとも戦慄すればいいのか。こういうことにギナは不向きだから、とキラは悩む。
「ふむ……これらがそうか」
そして、その不安は当たった。目の前の惨状に気づく様子もなく、ギナはマイクロユニットへと手を伸ばす。
「なるほどの」
しばらく観察した後でギナがつぶやく。
「ようできておる。確かにこれならばどちらかが破損しても大丈夫かもしれん」
「本当ですか?」
さらに続けられた言葉にアスランが反応をする。
「真よ。ただ、我ならば違う方向から攻めたがの」
「どのような、ですか?」
「一つはこのような形でもよいが、もう一つは別の動物を模したかな」
飛ばずともよいだろう、と続ければ、アスランはしばし考え込む。
「ですが、場所の特定をするためには飛べた方がいいのでは?」
キラのためではなく他のもの達のために、とアスランが言う。
「ふむ……そう言われてみればそうかもしれぬ」
しかし、とギナが言い返している。
「あきれますわね、技術バカは」
いつの間に近づいてきていたのか。ラクスがそうつぶやく。
「放っておいて、お茶でも飲もうか」
「それがいいですわね」
そんな彼女と顔を見合わせるとうなずき合った。
ようやく二人の話し合いが終わったのはそれから優に小一時間経ってからのことだった。
「……のどがかわいた」
アスランがそう言いながら冷えた紅茶を飲み干す。
「確かにの」
ギナもうなずくと視線をさまよわせた。
「ギナ様」
こちらをどうぞ、とキラはカップを差し出す。
「すまぬな」
少し冷めた紅茶が入れられたそれを受け取るとギナは一気に飲み干した。
「ふむ……少し暑くなりすぎたか」
そう告げればラクスが微笑む。
「よろしいのではありませんか? もっとも、わたくしたちを忘れていなければの話ですが」
ねぇ、アスラン……と彼女は視線をアスランに向けながら告げる。
「……すまなかった」
しばらく空を見つめた後でアスランはそう告げた。
「久々に思いきり議論ができてうれしかったんだ」
「……わかっていますわ」
なれていますもの、とラクスはため息をつく。
「でも、キラを無視したのはいけません」
彼に会いに来たのでしょう? と彼女は付け加える。
「ごめん」
赤くなったり青くなったりした後でアスランはそう言ってきた。
「別に……見ていて楽しかったからいいよ?」
それにキラはこう言い返す。
「アスランの百面相は久々だ」
かっこつけなのにねぇ、と付け加えればラクスが視線を向けてくる。
「詳しくお話を聞かせてくださいな」
「今度ね。そろそろ時間じゃないかな?」
キラの指摘にラクスだけではなくアスランも時計に視線を向けた。
時計の針は無情にも次の予定まで一時間という所を指している。
「アスランがわたくしたちを忘れなければよかっただけですわね」
ラクスの言葉にアスランが肩を落とす。それを見て、ギナが笑い声を漏らした。