天秤の右腕
32
ラクスから『会いたい』と言う連絡があったのは昨夜のこと。もちろん、キラに断る理由はない。即座にOKと答えたのは言うまでもないことだ。
それからは少し大変だった。
もっとも、大変だったのはメイド達だったのだが。
「……別にそこまでしてもらわなくても……」
お茶とお茶菓子はともかく、部屋の掃除やら花を新しいものに変えたりとか、そういった細々とした作業を彼女たちはしている。
お茶菓子を用意して掃除の行き届いた部屋に通せばいいと考えていたキラには青天の霹靂である。
「そう言うわけにはいかないのですよ、キラさん」
「そうなの?」
言葉とともに彼を見上げれば小さくうなずいて見せた。
「ラクス様個人の知名度はもちろん、クライン議長の存在も考えなければいけませんから」
そう言われてもキラには納得できない。
「……ラクスはラクスで、お父さんとは別じゃないかなぁ」
少なくとも家柄が関係ないと思う。キラはそう続ける。
「そう考えられない人達の方が多いんですよ」
彼女たちも悪気があるわけではない。ただ職務に忠実なだけだ、とレイは言う。
「中には……ラクスの熱狂的なファンというのもいるかもしれないが」
ついでとばかりに彼はそう続ける。
「……そちらの方がまだ理解できる……」
ため息とともにキラはそう告げた。
「名家っていろいろと面倒くさい」
さらにそう続ける。
「あきらめてください」
レイがため息交じりにこう言ってきた。
「ギルさん、いろいろと大変だろうね」
個人的に親しくできる人は少ないのではないか。だから、身内に甘いのか、と首をひねる。
「その可能性は否定できません」
レイは少し考えた後でこう答えた。
翌日、ラクスが来た。それも予想もしていなかった人物を連れて。
「……アスラン……?」
どうしてここに、とキラはつぶやく。その彼の背後でレイも驚いたような表情を作っていた。
「わたくしの一存で連れてきましたが……いけませんでした?」
そんな彼らの目の前でラクスが首をかしげてみせる。
「そんなことはないよ、ラクス。ただいきなりだから驚いただけで」
慌ててキラはこう言い返す。
「それに……会えると思っていなかったから」
アスランが忙しいのではないか、とキラはさらに言葉を重ねる。
「俺は隊長と違って、今は最低限の訓練を行っていればいいから」
それに言葉を返してきたのはアスランだ。
「……それって、いいの?」
もう少し何かしなくて、とキラは聞き返す。
「別に。ザフトは義勇軍だからな。ある意味、最低限のレベルをクリアしていれば誰も何も言わない」
「今のところはアスランの言うとおりですわ」
「……二人がそう言うなら」
納得はできない者の、所変われば常識も変わってくる。それは先日のレイとのやりとりでもわかったことだ。だから、ととりあえずうなずいておく。
「それよりもキラ」
「何?」
「前にお約束したものができましたの」
ラクスの言葉にキラは首をかしげる。
「あっ!」
だが、すぐに思い出せた。
「ひょっとして、マイクロユニットのこと?」
そう問いかければラクスがうなずいてくれる。
「マイクロユニット、ですか?」
ただ一人、意味がわからないのだろう。レイだけが首をひねっている。
「ラクスのマイクロユニットがものすごく便利そうだったんだよね。それでいろいろ話しているうちに、ラクスがアスランに頼んでくれたんだ」
ギナも興味津々だったし、とさらに付け加えた。
「そうなんですか……」
ちょっと本人に聞いてきます、とレイはそのまま出ていく。
「……どうかしたのかな?」
「さぁ」
「何かいけないことでもしてしまいましたか?」
レイのその行動に首をかしげる三人だった。